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1話『呪いの“消しゴム”』
■□ (水無瀬篤人.side)
俺たちはほぼ毎日のように、何かしらの勝負をしている。
勝負内容は簡単なもので、ジャンケンだったり、トランプのババ抜きだったり、学食の席で俺たちの隣に座る学生が女子か男子のどちらになるかを当てたりとか。
勝った方は、負けた方に一つだけ命令ができる。一応拒否権はなし。一番多い命令だと、飯の奢りとか映画観のチケット代の奢りとか。まぁ今のところ、拒否したくなるようなえげつない命令はでていない。
というのも、もう何十回と続けている勝負は俺が勝つことが多いからだ。
常識的な思考を持つごく普通の男子大学生である俺は、命令だって相手を気遣って優しいものをだす。
し、か、し。
勝負相手である男、口火狩矢は違う。
狂人的な思考を持つ狩矢が勝つということは、俺にとっては地獄を味わわされる絶望感に近いのだ。
けっこう前に狩矢が勝った時のことを思い出す。…あれは一生忘れはしないだろう。
学食のテラス席に向かい合って座っていた俺たちは勝負をした。んで、狩矢が勝った。
俺の目の前で優雅に足を組んだ狩矢はニヤニヤしながら「どうしよっかな〜。あ、じゃあそこにいるジョロウグモを食べてよ」と、すぐそばの木の枝に巣を作っていた一匹の蜘蛛を指差して言われた時は、流石にその綺麗な顔をぶん殴ってやろうかと拳を握って突き出す寸前までいった。
「断固拒否だ!」
「あぁ大丈夫だって。どっかのユーチューバーが蜘蛛を素揚げにして食べてる動画観たけど平気そうだったよ。毒はないから安心して」
「毒とかそういう問題じゃねーよ!!」
…断固拒否して何とか蜘蛛を食べることは回避した。
とにかく、口火狩矢という男はヤベー思考を持ったとんでもない人間なんだ。そんな奴と分かっていながら、俺は大学でも外でも狩矢と連んでいることが多いし、毎日のように勝負事を続けている。
…俺もだいぶヤベェ奴というか、変人なのかもなぁ。
そんなことを思いながら人混みの中を歩いている俺は、今の現状に意識を戻す。今現在、大学を出て電車移動して来た俺と狩矢は、吉祥寺の街を歩いていた。
俺の目の前を歩く、細身の体にキッチリとした黒スーツを着こなした狩矢はものすごくご機嫌だ。久しぶりに勝負に勝ったからだろう。負けた瞬間の俺は絶望感に打ち拉がれて「あぁ死ぬな…」って思ったわ。
どんなエゲツない命令をされるかと思ったが、今回は“喫茶店の飯を奢る”という安心安全な命令だったのだ。いやマジで天にいる神に向かって感謝したわ。
「おい狩矢、歩くの速えよ。浮かれすぎて人にぶつかるなよ」
「篤人が遅すぎるんだよ」
ズボンに両手を突っ込んでこっちを見た狩矢が睨んできた。
「ずっと気になってた喫茶店のチョコレートケーキだ、売り切れたらどうしてくれる。そうなったら、今度こそ君には蜘蛛を食べてもらうからね」
「なっ…ざけんな! そんなに味が気になるならテメェで食えよ!」
「オレがスイーツや菓子類しか食べないことを忘れたの?」
そう、この男は超偏食である。
大学からの付き合いだが、こいつが麺や米、肉や魚を口にしているところを一度も見たことがない。
「あのー、すみません」
とその時、狩矢の行く手を遮るようにしてジャケパンスタイルの男性が現れた。三十代前半くらいだろうか。わざとらしいほどニコニコ笑顔だ。
「メンズ美容雑誌のスカウトをしている者なんですが、スーツのお兄さん、ちょっとお話いいですか?」
足を止めた狩矢に合わせて、俺も立ち止まる。
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