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渡り廊下の先からやって来たのは幼なじみの名越杏菜だ。見た目からしてボーイッシュで性格も男勝りな杏菜は、片手に乾燥した唐辛子がぎっしり詰まった袋を持っている。それは辛い物好きな杏菜のおやつだ。
杏菜は座り込んだままの僕と、そばに立っている麗音の顔を交互に見ると、麗音の方をぎろりと睨みつけた。
「麗音、飛鳥に何した? ぶん殴るぞ」
「いや俺なんもしてないけど!?」
「じゃあなんで飛鳥が泣きそうな顔してんのよ。泣かすのはフった女だけにしろよこのクズ」
「杏菜、落ち着いて」
麗音に詰め寄っていく杏菜の前に僕は慌てて立ち塞がる。
「大丈夫だから。なにも問題ないよ」
「飛鳥は昔っからこのクズ男に甘すぎる」
僕に止められた杏菜はイライラした顔で袋から取り出した唐辛子をがじがじと齧った。辛い匂いが僕の目と鼻を刺激してくる。
小さい頃、僕たち三人は仲が良くていつも一緒に遊んでいた。けれど杏菜は中学三年頃から急に麗音に冷たくなり、二人はよく喧嘩をするようになった。今では三人一緒になって過ごす時間はほとんどない。
「じゃあ何があったの?」
説明を要求してくる杏菜に、僕と麗音は顔を見合わせて苦笑した。
杏菜に昨日あったことをざっと話すと、驚きと呆れたような、なんとも言えない表情をされる。
「怪しすぎよそのスーツ男と金髪ヤンキー。高校生から金を巻き上げようとか考えてるんじゃないの」
「詐欺ってことかよ」
「あんたってほんと、顔だけで得して生きてるアホよね」
杏菜は唐辛子をがじがじ齧る。酷いことを言われても麗音は涼しい顔だ。
「そうだ」
閃いた、という表情を見せる杏菜。
「逆に罠にはめてみない? 悪い奴らだったら警察に突き出してやれるじゃない」
僕は驚いて目を見開く。
「いや、何もそこまでしなくても…」
「なに飛鳥。こっちはカモにされてるかもしれないんだよ? このまま易々と騙されていいわけ?」
「杏菜…俺のためにそこまでしてくれるのか」
「あんたのためじゃない。巻き込まれてる飛鳥のためだっつの」
「デスよねー」
その時、三人以外誰もいなかった廊下に誰かが歩いてくる足音が響いた。会話をピタリと止めた僕たちの耳に「麗音くん」という高い女子の声が届く。
三人揃って同じ方向を見ると、そこには腕を組んで歩いて来る堀内めぐみ先輩の姿があった。
学校一と言われているだけあってスタイルも良く美人だ。噂でモデル関係の仕事をしていると聞いたことがある。性格がねじくれているところがマイナス点だろうか。
麗音の目の前で立ち止まった先輩は、麗音の斜め後ろにいる僕をちらっと見てきた。僕は気にしない。
「今朝誘ってきた放課後デートの件。受けてあげてもいいわよ」
え、と驚く麗音を見上げて先輩は挑発的な笑みを浮かべる。
「私の貴重な時間をあげるんだから、荷物持ちとご飯は奢りで。よ、ろ、し、く、ね」
女王様気質。人を見下すことに慣れたものだ。僕は眉をひそめ、隣にいる杏菜は嫌悪感丸出しの顔をしている。
麗音と目が合う。どうしたらいい?とその目が僕に問いかけてくる。僕は黙ったまま頷いた。デートしろ、という意味で。
麗音は先輩に視線を戻して「じゃ、じゃあお願いします」とぎこちなく言った。先輩はふふんと満足げに口角を上げる。
…馬鹿な奴。
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