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その消しゴムは至って普通の消しゴムのように見える。青いケースに入った白い消しゴムは先が丸くなっていて半分近く使用されていた。
「あぁ、やっぱり“消しゴムの呪物”だったね」
俺の真横に遅れて追いついた狩矢が立った。その横顔を見ると呑気にグミを食べている。手元の袋がゆるふわキャラクターとコラボしたパステルカラーのパッケージで余計に腹立つ…。
「もう一度聞くけど、その呪物は“赤髪の男”から貰ったの?」
狩矢が言うと、堀内は手をおろして顔をしかめる。
「だから、そんな男は知らないって言ったでしょ。だってこの消しゴムは……」
微かな笑みを浮かべた堀内が、スッと指先と視線を向けた先には…
「そこにいる彼から貰ったのよ」
飛鳥がいた。
俺と麗音は驚いて目を見開き、信じられない気持ちで飛鳥を見る。
狩矢は平然とした顔でグミを口に放り込む。こいつは気づいていたんだ。最初から。喫茶店の店内で、飛鳥と麗音を見ていたあの時から。
「飛鳥…本当なのか…?」
「……」
隣に立つ麗音が呆然とした声で訊くと、飛鳥は黙ったまま視線を足元に落とした。その瞳は暗く濁っている。
「飛鳥くんが“赤髪の男”から呪物を受け取ったんだね?」
狩矢の問いかけに対して、飛鳥は無言のまま僅かにうなずいた。狩矢は笑顔になる。
「そいつが親玉だよ。その男は『呪物を作り出す力』を持っているんだ。そしてオレの幼なじみでもある。昔からあいつは自分で作り出した様々な呪物を、それを必要とする人へ無償で与えているんだよ」
狩矢は何が面白いのか笑いながら言った。
「あいつが作り出した呪物に触れると、人を呪い殺したくなるんだ。でも飛鳥くんは呪物を手放すことができたんだね。ふつうなら、取り憑かれたように誰かを呪い殺すことしか考えられなくなるのに」
でしょ? と言って、狩矢は同意を求めるように堀内の方に視線を流した。
堀内は胸元で握っている消しゴムをぼんやりと見つめると、先ほどとは打って変わって力無い声色で言う。
「…そうね。飛鳥からこの消しゴムを受け取った瞬間に思ったわ。…あぁコレは本物だ、本物の呪物だって。一瞬にして取り憑かれたような気持ちになったのを覚えてる」
だろうねぇ、と狩矢はのんびりとした口調で頷く。まるで縁側で平和にお茶を啜っているかのようだ。口にしているのはグミだが。
俺はがしがし頭を掻きながら狩矢に言った。
「狩矢、今その話はいいから。とっとと呪物を奪ってあいつを正気に戻させるのが先だろ」
俺に向かって狩矢はにっこり笑う。
「それもそうだね。よし、行け! 篤人!」
「命令すんな犬じゃねぇんだぞ!」
まぁ行くけど。こういう役目はいつも俺だって分かってるから行くけど。
内心うんざりしつつ堀内に向かってズカズカと近寄って行く。堀内は強気な態度を取り戻して俺を睨みつけると叫んだ。
「近づかないで! 私の体に指一本でも触れてみなさいよ。複数人で乱暴されそうになったって警察に話すわよ!」
ピタッと足が止まる。くそ、そうきたか…。
この状況だと男は不利だ。迂闊に近づけなくなった俺を見て、堀内がふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる。「なにしてんだ早くしなよ」と俺の後ろから狩矢が文句を言ってきた。その口縫い付けてやりてぇわ。
「早くそこを退きなさいよ。退かないなら、助けてって悲鳴を上げるわよ」
堀内の言葉に俺は為す術がなくなる。と、その時だった。
「じゃあ、女の私ならいいよね」
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