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突然、知らない女子の声が響いた。
俺と狩矢は揃って後ろを振り返る。堀内と同じ制服を着た女子高生が立っていた。
「え、杏菜?」
麗音が驚いた声で女子高生の名前を呼ぶ。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「うっさい。クズ男に付き合わされてる飛鳥のことが心配だったからこっそりついて来ただけよ」
杏菜…あぁ、この子が昨日言ってた幼なじみか。
杏菜は片手になぜか乾燥唐辛子が詰まった袋を持っていた。その袋から取り出した一本を平気な顔してがじがじ齧っている。見ているだけでも辛そうだ。
「ちょ、なによ、女子だからって許されると思ってるの!?」
焦って叫ぶ堀内を無視して杏菜が近づいていく。
「近づかないでって言ってるでしょ! だ、誰か! 誰か助け–––」
「いいんですか先輩。こっちはさっきの会話ぜんぶスマホで録音してますよ」
「……!」
堀内の目の前で立ち止まった杏菜が脅すように言った。堀内はその言葉に愕然とする。
「こっちは先輩の狂言だって警察に証拠を突きつけて言えますから」
杏菜が冷ややかに堀内を見るのが分かった。堀内がぎりっと唇を噛む。
「ほら、早くその消しゴムを渡してください」
「うるさいこのブス! 触らないでよ、ブスがうつるわ!」
まるで小学生のような暴言を吐く堀内に俺は呆れるしかない。
その時、ぱんっという乾いた音が響いた。杏菜が堀内の頬に平手打ちを喰らわせたのだ。
「かっこ悪い」
杏菜がズバッと言い放つ。
「こんな男にフラれたくらいで情緒不安定になってかっこ悪すぎ。寧ろこのクズ男と付き合って貴重な時間を無駄にしなかったことを喜ぶべきよ」
頬を押さえた堀内は痛みよりも驚いた顔をして杏菜を見ていた。
杏菜は一旦ふぅと息を吐いて、落ち着いた口調で続ける。
「こんな醜態をさらして、自分の価値を下げる必要なんてないわ」
凍りついたように動かない堀内はしばし杏菜を見つめていたが、その顔が一気に緩んだ。
「そうね…。私、どうかしてたわ」
気力を削がれたような、疲れたような笑みを浮かべて堀内は杏菜に謝る。
「ブスは言い過ぎたわ、ごめんなさい」
「私の方こそ、叩いたりしてごめんなさい」
「じゃあ、お互い様ってことにしましょ」
女子二人が互いを見つめて微笑み合っている、その一方で。
なんだこれ…と思う俺と、つまらない映画を観ているような顔してグミを食べる狩矢と、俺のことボロクソ言い過ぎだろ…と泣きたそうな顔をしている麗音と、暗い表情で黙り込んでいる飛鳥がいた。男たちのテンションはただただ低い。
ふいに、堀内が狩矢を見た。
彼女はその場から動いて狩矢の目の前で立ち止まると、無愛想な顔つきで消しゴムが乗る手のひらを差し出す。
「…はい。この消しゴムが欲しいんでしょ。もう私には必要ないから」
狩矢は口もとを僅かに緩めた。そして消しゴムにそっと指先で触れる。
すると、消しゴムが一瞬白い光に包まれた。
俺以外の全員がびっくりした顔で固まっている。狩矢は消しゴムを白い指先で摘むと、にっと口角を上げてあっけらかんとした口調で言った。
「ハイおしまい。めでたしめでたし」
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