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狩矢から受け取った地図を片手に、スマホのマップアプリを使って目的地を目指して歩く。
町田駅の中心地から離れてもう三十分は過ぎた。車道から外れた閑静な住宅地に入ると、赤マークの建物はもうすぐそこだ。
すると前方に黒い物体が見えた。よく見るとそれは黒猫で、道の真ん中で堂々と毛繕いをしている。赤い首輪をしているから近所で飼われているんだろう。
俺たちが近づいて来ることに気づいた黒猫は毛繕いをやめると、体を起こして歩き出した。黒猫はそのまますぐ真横に佇む【猫雑貨専門店 ルナン】という猫型看板がぶら下がった扉の隙間から中に入っていく。
俺たちは小洒落た外観の店の前で立ち止まった。
「…目的地の建物はここだな」
紙の地図とマップアプリを確認しながら呟く俺の隣で、狩矢は食べ終えたサラダ味のカップをビニール袋に突っ込むと、次に同じお菓子の赤いカップを取り出した。今度はチーズ味だ。
俺は窓ガラスから店内を覗き見る。開店準備中なのか休業日なのか分からないが、いろんな雑貨で埋め尽くされた店内は薄暗くて人の気配はない。さっきの黒猫も見当たらなかった。
「この建物から“呪物の匂い”がするニャ」
狩矢が屈託のない笑みを浮かべて言った。その時、店の奥で黒い人影が動く。現れたのは還暦が近そうな優しい顔つきの女性だった。胸元に店名が描かれたカーキ色のエプロンを着用していて、さっきの黒猫を抱っこしている。
「あらあら、初めてのお客さんね」
女性はにこにこした笑顔で店の扉を開けてくれた。俺は「こんにちは」と笑って挨拶する。
「うちのお店分かりづらい場所だったでしょう。SNSか何かで知って来てくれたのかしら?」
「あー、えっと、散歩途中たまたま見つけたというか…。あ、その子はここの看板猫ですか?」
「えぇそうよ。名前はルナン。メス猫の六歳よ」
女性の腕の中でにゃあんと可愛らしく鳴いたルナンは、するりと腕から抜け出して地面に着地すると歩いていく。ルナンが向かう先を視線で追うと、建物の裏から年配の男性が姿を現した。手には箒を持っていて、女性と同じカーキ色のエプロンをしている。
「あなた、新規のお客さんよ」
「おーそうかい。いらっしゃい」
男性も女性に似た穏やかな笑顔を浮かべて歓迎してくれる。二人は夫婦のようだ。
ルナンは男性の足元に体を軽く擦り付けたあと、あっさりとどっかに行ってしまった。
「今日は臨時休業なんだよ。せっかく来てくれたのにすまないねぇ」
俺たちのそばまで来た男性は眉を下げると、店舗の二階部分を見上げながら言った。
「二階の屋根裏にスズメバチが巣を作っていてね、それを駆除する作業をこれから行うんだよ。危ないから念の為にも、今日一日店は休業にしているんだ」
「あ、そうなんですね」
さぁここからどうやって呪物を見つける流れに持っていけるか。俺が内心どうするか悩んでいると…
「あれは何だニャン?」
窓ガラスに顔を近づけていた狩矢が店内を指差して言った。何か気になる物を見つけたらしい狩矢のことを、夫婦は揃って目を丸くして見ている。
…まぁそうだよな、成人男性の口からニャンなんて言葉遣いが出たら誰でも驚くわ。
「面白い物がいっぱいあるニャン。もっと近くで見せてほしいニャン」
狩矢は夫婦に向かってにこーっと笑いかけた。でた! 人たらしの笑顔…。
途端に夫婦はぱあっと花を咲かせた明るい笑顔になる。これはもしや何か勘違いをされたのでは…?
「駆除の作業までまだ時間はあるからね。せっかく来てくれたんだ、どうぞ見て行ってください」
男性が扉を全開にして、俺たちを店内に招き入れる。女性は微笑みながら狩矢を見て言った。
「ふふ。あなた猫好きさんなのね。私たち夫婦も猫が大好きなのよ」
「うん? 違うニャン。オレはどっちかというと犬好き、」
「おわあああ! 見ろ狩矢! すっげーカワイイ猫のぬいぐるみがあるぞ!」
俺は慌てて後ろから狩矢の口を手で塞ぎ、扉付近の棚に並んだぬいぐるみを指差した。口を塞がれた狩矢がじろりと俺を睨み上げてくる。
馬鹿かコイツは! 猫好きの人間に犬派って言ったら間違いなく機嫌を損ねさせるだろーが!
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