2話『呪いの“木箱”』

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■□  時間を潰してコンビニを出る。  歩き出してすぐ、狩矢はずっと持っていたビニール袋からまた同じシリーズのスナック菓子、今度は青いカップのじゃがバター味を取り出した。  …味変してるとはいえ流石に飽きるだろ。この流れだと次はたらこバター味でフィニッシュか。  雑貨店に戻って来ると、建物脇にある駐車スペースに先ほどまではなかった白の軽バンが停まっていた。  店の玄関前には黒猫のルナンがいる。暖かい日差しの中、出入口を塞ぐように横になって寛いでいた。俺たちの方を見たルナンがにゃあんと鳴いて地面をたたくように尻尾を振る。 「おかえりなさい。どうぞ中に入って」  店内からひょっこり顔を出した秋子さんが穏やかな笑顔を浮かべる。なんだか田舎のおばあちゃんが孫を迎え入れるかのような優しい雰囲気を感じた。  俺たちはレジカウンターの前に置かれた木の椅子に座らせてもらい、カウンターの上に出された冷たいアイスコーヒーをいただく。狩矢は出される前に飲み物はいらないと断った。コーヒーは飲めないのにコーヒーゼリーは好きって感覚がよく分からん。  俺はアイスコーヒーを飲みながら、秋子さんが一人ぺらぺらと口にする話を聞く。  つい先ほど、息子のおかげで巣の駆除作業は無事に終わり、今は二階で夫と後片付けを行っているという。  今年で四十歳になる一人息子の健一(けんいち)さんは、勤め先がある埼玉県のマンションで嫁と二人で住んでいる。十年前に結婚はしたが子供はおらず、半年前に夫婦関係が悪化してしまった現在、嫁とは一切口を利かずにすれ違いの生活をしているという。  息子が離婚の危機に直面している一方で、秋子さんは息子の嫁(嫁も大の猫好き)と良好な関係であり、今も気兼ねなくメッセージのやりとりを日常的にするほど仲が良いのだそう。  そんなある日… 『お義母さん、ちょっと相談したいことがあるんです…』  というメッセージが届いた。  秋子さんはその時「息子のことかしら…」と思いながら電話をしたが、息子とは全く関係がないことだった。 『…実はここ最近、嫌な夢を見るんです』  暗く沈んだ声色をしていた。かなり精神的に参っている様子が電話越しからも伝わってきたという。その嫌な夢というのは、こういった内容だ。  –––大量の蜂に襲われる夢を見るんです…。  夜。ベッドに入って眠ったはずなのに、目を開けると真っ暗で狭い箱のような中に閉じ込められている。体は仰向けで手足を伸ばしているが、縦長の箱は幅が狭く寝返りを打つことはできない。そんな状況の中…  ぞわぞわぞわ  周囲で大量の何かがうごめいている。  耳元でブゥーンと低くて大きな羽音がする。  虫だ。  虫が大量にいる。  ブゥンッと目の前を虫が飛んだ。  ひっと上げた悲鳴は声にならなかった。  ハエ?それともカメムシか何か?  それとも…  ぶぶぶぶ  周囲でうごめく正体不明の大量の虫。それだけでパニックになるのは十分だった。  両手を上げると硬い板にぶつかった。箱の蓋を押し上げるがびくともしない。今度はドンドン叩く。ドンドンドンッ。誰か、誰か助けて!  ブゥンッ!!  刺激を与えたせいで一斉に虫たちが暴れ出した。髪の毛の中に、服越しに、剥き出しの肌に、無数の硬い虫のからだと羽ばたきが痛いほど擦れる感触にぞわっと鳥肌が立つ。  助けて!助けて助けて助けて!!  左頬に一匹の虫がとまった。  眼球を下に動かすと、触覚を生やした虫の顔が見えた。  大きな蜂だ。  虫の正体がわかった瞬間、頬に激痛が走る。  刺されたのだ。  痛みと、熱と、痺れ。  口から声にならない悲鳴と目からは涙が溢れた。  –––…そこで毎回目が覚める。 『そんな夢を毎晩のように見るようになって、とにかく眠るのが怖いんです。終いには起きている時でも、蜂はいないのに耳元で羽音がしたりするようになって…っ、もう、精神的にも限界で…っ』
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