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…といった内容だった。
「夫の仕事柄、蜂に関する夢を見てしまうことは今までもあったそうなの。それでも今回の夢は今までと違った不気味さがあるし、同じ夢を連続して見ることも気に掛かってるそうよ。私も変だとは思うわ…」
秋子さんは不安な顔をして話しながら、胸元で合わせた両手をこすり合わせている。そして言いにくそうに重い口を開いた。
「その相談を受けた数日後に健一が久しぶりに泊まりに来たの。その晩は家族三人で夕飯をとりながら、健一は夫とお酒を飲み交わしていた。夫が先にお風呂に行った後、私と健一はテレビでやっていたホラー番組を一緒に観ていたの。いろんな呪物をコレクションする男性の自宅が紹介されていて、それを観た健一が『俺も最近、面白い呪物を手に入れたんだ。あれを使ってあいつを呪い殺してやるんだ』…って、そう言ったの」
息子の発言を聞いた秋子さんは、息子の嫁が毎晩見る蜂の夢と何か関係するのでは…と、ずっと気にかかっていたという。
俺の隣で手足を組んで座っている狩矢は、無言のままずっと天井を眺めていた。そのぼんやりした表情からすると、秋子さんの話が耳に届いているのかすら危うい。
その時、カウンターの真横にある階段から誰かが降りて来る足音が響いた。
「母さん片付け終わったよ……え?」
コンビニにいた作業着姿の男性が俺たちを見て驚いた顔を見せる。俺も同様にびっくりした。
「君たち、さっきコンビニに居た…」
「あ、どうも…」
俺はぎこちなく笑ってぺこりと頭を下げる。
「あら健一。お知り合いなの?」
「あぁいや、さっきコンビニ寄った時に見かけたというか…」
彼が秋子さんの息子だったようだ。困った顔で後頭部に手をやって言葉を濁す健一さんは、小脇に細長い木箱を抱えていた。
「じゃあ俺、もう帰るよ」
「ちょっと待って。作り置きしていたおかずと、近所で貰った野菜を持ってくるから」
秋子さんはそう言ってカウンターの奥に引っ込んでしまった。
互いに無言の、なんだか気まずい空気感が漂う。
健一さんは落ち着かない様子でちらちらと狩矢のことを見ていた。だが狩矢は健一さんに一度も視線を向けることなく、おもむろにジャケットのポケットからスマホを取り出すと…
「あ、電話だ。ちょっと失礼するニャン」
と言って、さっさと店から出て行ってしまった。
嘘だろおい…。取り残された俺に、健一さんが控えめに声をかけてくる。
「君たちはその、大学生かな?」
「あ、はい。そうっス」
「さっきの彼は、君の友達?」
「あー、はい。同じ大学に通ってます」
「ふうん。なんていうか、ちょっと変わった子だね…」
「ちょっとっつーか、めちゃくちゃ変わり者ですよアイツ」
困ったように笑うと、健一さんも軽く笑い返してきた。ふと俺は、健一さんが小脇に抱えている木箱に視線を移す。何故かその木箱が気になったのだ。
「あの、その木箱はなんですか?」
「えっ? …あ、いや…これは仕事の道具入れだよ」
健一さんは焦った様子で木箱を隠す仕草を見せる。
そこへエコバッグに荷物を詰めた秋子さんが戻って来た。秋子さんから荷物を受け取った健一さんは「それじゃあ」と店から出て行く。
狩矢の奴はまだ戻って来ない。
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