さんくん

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「どちらの俺さんですかな」 「うう、俺だよ俺」 ちょっと待て! 「その声は」 そんな馬鹿な。いやあり得ない。だがしかし、現に電話を介して私たちはこうして言葉を交わしている。 声に、聞き覚えがある。いやそんな生ぬるい言葉で語り尽くせるような薄っぺらい関係の相手ではない。知っているのだ。電話の相手を。確実に。 それにしても、こんなことが―― 起こり得るのか? あまりの衝撃に、身体に電流が走る思いがした。 さんくん。 さんくんからの電話。 さんくん――。 「さんくん、さんくんじゃないか。さんくんなんだろう、きみは」 「うう、そうだよ。俺、三夫(みつお)だよ」 三夫――、さんくんの本名だ。 「さんくん、今までどこで何してたんだ。みんな心配してたんだぞ」 「うう、心配かけてごめん」 「さんくん、もうだいじょうぶだから、気をしっかり持つんだ」 「うう……四百万円……四百万円」 「四百万円か。さんくん、四百万円がどうしたというんだ。さんくん、さんくん」 「うう、四百万円」 「四百万円がどうしたんだい」 佐藤舞子が「失礼します」と言うが早いか、受話器を私から奪い取った。 「あっこら。何をするんだ佐藤さん」 受話器を奪い返そうと動いた私に背を向けて、佐藤舞子は背筋を伸ばした。 「お電話代わりました。後ほど警察関係から折り返しお電話いたしますので、そちらの住所氏名電話番号を教えていただけますか」 佐藤舞子はため息し、それから受話器を置いた。 「電話、切れました。オレオレ詐欺です。しかもかなり悪質な」
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