さんくん

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「詐欺? いや、しかしそれは違うぞ」 「違いません。詐欺です。何らかの機械を使って音声を変換したんでしょう。今どきは詐欺師がその気にさえなれば、小学生だろうが女性だろうがロボットだろうが宇宙人だろうが、リアルタイム変換で望みの声を出せちゃうんです。私などが生意気なことを言うようですが、変な電話にいちいち関わったりなんかしたら、それこそ狡猾な詐欺師の思う壺ですよ。そうでなくても安堂寺さんは」 「わかってるよ。わかってますよ。そうでなくても私は、小説を書くことのほかは何もできない世間知らずの専門馬鹿。自分でもよくわかってるさ」 「そんな! 私、そうは言ってません」 新人編集者の佐藤舞子の狼狽える姿を目の当たりにしたら、外の世界へ逃げる気が失せてしまった。 「私は文明の進歩からひとり取り残されたシーラカンスなのさ。呪われた昭和世代だよ。キャッシュレス決済はおろか、自動販売機の缶コーヒーの買い方さえ知らない男だからね」 「先生!」 「私を先生と呼ぶのはよしなさいとさっきから言ってる。私は先生ではない。私は物書きだ。物書きは先生ではないのだ」 「すみませんでした」 佐藤舞子が恐縮して小さくなっているのを横目で見ながら、私は再び書斎に籠った。
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