さんくん

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自販機にさえ手こずるシーラカンスな私だが、(いや、アンモナイトか?)詐欺電話とそうでない電話の区別ぐらいはつく。さんくんからの電話を編集者佐藤舞子は詐欺と疑ってかかっているが、しかしあの声は決して合成などではない。 あれは確かにさんくんの声だ。絶対に間違いない。 キャッシュレス決済はおろか、自販機にさえまるでお手上げな私だが、それだけは断言が出来る。 あれは、さんくんからの電話だ。 となれば、あの電話が詐欺である可能性は完全に霧散する。なぜならさんくんがオレオレ詐欺などするはずがないからだ。さんくんはそんな輩ではない。 さんくん――三夫(みつお)。 私の親友だ。いや、かつての親友と云うべきか。 さんくんに最後に会ったのは半世紀前。私とさんくんが共に小学五年生だった年の九月だ。 夏休みが終わって後も厳しい残暑が続いていた五十年前の九月のある日のことだ。 さんくんは親類宅へ出掛けた。両親から届け物を頼まれたからだ。さんくんの家と親類宅は五百メートルほどしか離れていない。 さんくんは夜になっても家に帰って来なかった。さんくんの両親が親類宅へ電話したところ、さんくんはそもそも親類宅を訪ねてさえいなかった。 さんくんは忽然と消えてしまったのだ。 警察や消防団が人員を大量に投入し、付近一帯をくまなく捜索したのだが、さんくんはついに見つからなかった。 あれから半世紀が過ぎた。 今に至るまでさんくんの消息は誰にもわからない。 それが、今になって、五十年の時を越えて、さんくんから電話が掛かってきた。 あのときの、半世紀前の、小学五年生のときのさんくんそのままの声で、この私に電話が掛かってきたのだ。半世紀もの時を越えて。
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