さんくん

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自宅兼職場を抜け出して十五分が経過した今、私はさんくんの実家でさんくんの兄夫婦と向かい合って座していた。 座布団がひんやりとして冷たい。気のせいか、さんくんの実家だけが、気温が低く感じられてならない。 突然の訪問の非礼を、まずは詫びた。それから挨拶もそこそこに、さきほどの不思議な出来事をさんくんの兄夫婦に話して聞かせた。 「そう、ですか。弟の三夫(みつお)が、いちばん仲が良いお友達だった安堂寺さんに電話を。そうですか」 薄くなった白髪頭を午後の陽射しに光らせながら、さんくんの兄は明らかに狼狽していた。無理もない。半世紀前に行方知れずとなったさんくんが今もどこかで生きていると仮定したとすると、現在の年齢は私と同じ六十一歳。六十一歳のさんくんが今も小学生の頃と同じ声であるはずがない。私は決して口にはしないが、さんくんはもはやこの世の人ではない……。 さんくんの兄の痩せた肩の向こうに、仏壇が見えた。さんくん兄弟の両親の遺影と並んで、さんくんの写真も飾ってあった。 「それにしても、三夫は何だってまた、四百万円などと」 さんくんの兄は首を捻っていたが、やがて何か思いあたることがあるのか、「ああそうか」と呟きながら、肩越しに振り返って仏壇を一瞥した。そしてすぐに私に向き直り、しわがれた声を出した。 「それはきっと四百万円ではなく、四百万年と言ったのではないでしょうか」 「四百万年」 思わず聞き返した。 「そうです。三夫がいなくなるちょっと前のことでした。三夫は奇妙なことを言っておりました」 ――四百万年前の貝の化石をたくさん集めている物知りな高校生のお兄ちゃんがいる。そのお兄ちゃんと仲良くなった―― さんくんはそう言ったのだという。 「聞けば、大学受験を控えた高校三年生だそうで、三夫は何度かお宅にお邪魔したそうです。三丁目の駄菓子屋の隣に住んでるソゴウマサオさんだと三夫は言っておりました。安堂寺さんはその方、ソゴウさんをご存じではありませんでしたか」 ソゴウマサオ。 とうに忘れかけていた記憶――いや実際に私はすっかり忘れていた――が、瞼の裏側にありありと甦り、私は激しい目眩をおぼえたのだった。
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