日曜日・誕生日

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日曜日・誕生日

 4月に大学に入って、はじめて実家を離れて一人暮らしを始めた。大学は楽しいけれど、まだまだ慣れていない。近隣県から通う学生も多くて、私は話す言葉が違うから、その会話の輪に入っていけない。高校時代の話とか、テレビ番組の話とか、タレントの話とか、別の国に来たみたいに、全くわからないのだ。生活費を稼ごうと思って、アルバイトを探しているけれど、授業についていくのと、課題をこなすので精いっぱいで、時間がうまく作れなかった。いくつか応募してみたけれど、土日だけだと、なかなか雇ってくれないのだ。  そして、また日曜日がやってきた。しかも、私の誕生日でもある。でも、授業の準備があるし、明日が締切のレポートもある。結局、朝からワンルームの片隅の、狭いテーブルに向かって、パソコンを開いていた。今までで一番寂しい誕生日だった。高校生の時は、友達とカラオケに行って、ファミレスで誕生日パーティーをしてもらった。もちろん、友達の誕生日も、同じように祝ってあげた。もっと小さいときは、両親が好きな物を食べに連れて行ってくれていた。  動かなくても、頭を使っているからか、お腹は空いてくる。いつしか私は、近所のレストランのウェブサイトを開いて、ひとつひとつメニューを拡大しながら見ていた。 「ピッツァ・マルゲリータかぁ…おいしそう」 このレストランは宅配サービスもしているようで、リンクボタンがあった。『デリバリー』をクリックしてみると、見知ったロゴがいくつか並んでいた。でも、ひとつだけ見たことのないロゴがあった。 「あれ?このデリバリー、しらないなぁ。この街だけなのかな?」 私は、そのリンクを開いてみた。ピンクとライトブルーを基調にした、柔らかなデザインのサイトが、画面いっぱいに広がった。 『届けたい、おいしさと、やさしさを♡Uber Meets♡』 サイトのデザインはいいし、お店の検索機能も使いやすそうだった。さっきまで見ていたお店を探して、デリバリーメニューで絞り込んだ。 「ピッツァとバスクチーズケーキにしようかな。あと、チキンとポテトとサラダも…誕生日だし」 カートに入れて『注文確定』をクリックしようとしたが、登録していなかったので先に進めなかった。 「あっ、そっか…」 スマホを取り出して登録した。他のサイトと同じように、スマホにもアプリをダウンロードすると、簡単に注文できるようになっていた。先ほど進めなかった『注文確定』をクリックした。すると、他では見たことのない機能がついていた。 「なんだろう?これ」 私は『オプショナル・サービス』をクリックしてみた。すると、そこには配達員に関する選択肢が設定されていた。 『ご希望の配達員をお選びください。男性♡女性♡それ以外♡』 とりあえず『女性』を選んだ。すると次の選択肢が現れた。 『配達員に希望するサービスをお選びください。お届けのみ♡5分間の立ち話♡食事の相手♡ゲームの相手♡お出かけの付き添い♡その他♡』 誕生日だし、一人で食事するのも寂しいと思った。ちょっと怖かったが『食事の相手』を選んで進んだ。 『誰とのお食事ですか?友達♡恋人♡家族♡その他♡』 私は、ハッとした。この選択肢にある人と最後に食事をしたのは、いつだったろうか。大学のカフェテリアでも、同じ空間にいるというだけで、友達ほど打ち解けた食事はしていない。胸がキュンとして『友達』をクリックした。 『お食事のシチュエーションは?ふつうの食事♡パーティー♡ちょっとした会食♡節句♡その他♡』 無意識に『パーティー』を選んでいた。次の画面に移る瞬間、侘しさのあまり、思わず嗚咽を漏らした。 『どんなパーティーですか?____♡』 自由記入欄になっていた。にじみ出てくる涙も気にせず『誕生日』と入力して『次へ』をクリックした。すると、今までの注文内容が表示された。 『店舗【石窯と的】ピッツァ・マルゲリータ♡バスクチーズケーキ♡チキン♡ポテト♡サラダ♡…【配達員オプション】女性♡食事の相手♡友達♡パーティー♡誕生日♡…こちらの注文内容でよろしいでしょうか?』 私はこわごわ『会計に進む』をクリックした。こんな配達員のサービスは、いくらなんだろうか。まぁ、高すぎたらキャンセルすればいい。会計画面が表示されたが、合計額は他の宅配サービスと変わりなく、その下に決済方法が並んでいた。各種カード、オンライン決済、現金、その後に注意事項が記載されていた。 『配達員オプショナル・サービス「食事の相手」では、お客様がご注文された食事を配達員とシェアしていただきます。また、労働を伴うサービスをご希望される場合は、別途配達員への報酬が発生する可能性があります。あらかじめご了承ください』 なるほど、そういうことだったのか!私は納得し、オンライン決済を選んで支払った。注文完了のメッセージが現れ、すぐにメールが届いた。到着予定は今から40分後だった。  それから、私は、なんだかウキウキした気分になって、さっさとレポートを書き終えてパソコンを片付けた。パソコンが置いてあった小さなテーブルに、レースの布を掛けた。自分はベッドに腰掛けることにして、椅子をテーブルの対面に置いた。冷蔵庫を開けてみると、600mlペットボトルのお茶が2本入っていたが、1本は飲みかけだった。 「足りるかなぁ…」 やや心細かったが、足りなければ自販機に買いに行くだけのことだ。  40分経った。しかし、配達員はまだ来ていない。私は、もしかしたら騙されたのではないかと、心配になってきた。すると、メールが来た。 『お待たせしており、申し訳ありません。あと10分で到着します』 ピザを焼くのに時間がかかったのかもしれないし、あと10分なら全然問題ない。私は、明日の講義の資料に目を通して待っていたが、胸はバクバクが止まらなかった。  10分と少し経って、部屋のチャイムが鳴った。インターホンに向かって呼びかけると、明るい女性の声が返ってきた。 「ご利用ありがとうございま~す♡Uber Meetsで~す♡」 「はーい、今開けまーす!」 オートロックを解除して、ドアチャイムが鳴るのを待った。 ♪ピンポーン♪ 私は、そーっとドアを開けた。 !!!パァーン!!! 「お誕生日おめでとぉ~!」 宅配バッグを背負った女の子が、クラッカーを鳴らして、お祝いの言葉をかけてくれた。私は意識もせず、ポロポロと、泣いた。泣きながら、何度も「ありがとう」と言った。 「あ、入ってもいいかなぁ~?」 私は大きく何度もうなずいて、配達員を部屋に招き入れた。 「まずはご注文の【石窯と的】の、ピッツァ・マルゲリータ♡バスクチーズケーキ♡チキン♡ポテト♡サラダ♡になります!こちらに置いていいですか?」 配達員が床に宅配バッグを下ろし、ひざまづいた姿勢で、テーブルを指して言った。 「はい!ちょっと狭いんですけど…」 「わかりました~!これがピッツァ・マルゲリータ、この箱がバスクチーズケーキ、こちらにチキンとポテトが入っていて、あとサラダですね」 たちまちテーブルは埋め尽くされてしまい、飲み物を置く場所もないほどだった。 「それから…これは」 配達員は、また宅配バッグから箱を取り出した。 「誕生日パーティーって希望だったんで、スーパーので申し訳ないんですけどケーキ買ってきました!あらためて、お誕生日おめでとうございまーす♪」 もう、私の目は決壊してしまった。とめどなく流れる涙、目の前のテーブルいっぱいの御馳走はにじんで見える。 「Happy birthday to you, Happy birthday to you, Happy birthday dear MIYUchan, Happy birthday to you♪♪♪」 配達員が手拍子付きで歌ってくれた。私はベッドに倒れ込み、頭をお腹にくっつけるように体を折って、泣き続けた。 「ミユちゃん、そっち行っていいかな?」 私は、頭をかすかに動かして、同意した。配達員さんが、慎重にテーブルを動かして、ベッドに座る気配がした。そして、柔らかくて暖かい胸と腕が、背中から肩を包んでくれた。 「ねぇ、食べよう!ピザが冷めちゃうよ」 配達員さんに促されて、私はテーブルに向かって座りなおした。 「では、開封の儀~~~!ミユちゃん、お願いしま~す!オーープーーン♡」 配達員さんのかけ声とともに、ピザの箱を開けた。トロトロの白いチーズと赤いトマト、緑のバジルが目に染みた。 「あっ、ちょっとまって!」 私は気づいて、ミニキッチンからナイフとフォーク、冷蔵庫からお茶を取り出した。 「おぉ~!では、ミユちゃん!ピザ入刀お願いしま~す!」 配達員さんが拍手した。私は配達員さんの隣に座り、配達員さんの右手を取ってナイフを持たせ、そこに自分の両手を重ねた。 「入刀は、二人でやるもんだよ」 そう言って、二人でピザを切り分けた。
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