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流されてはいけない。
カスミは肩に掛けていたバックの紐を握った。タカヤが浮気しているのに気づいたのは去年の冬。送られてきた見覚えない興信所の封筒に入っていた写真で知った。
正直、帰りが遅かったり、知らない香水の香りがしたり、スマホを頻繁に見ていたり、以前から心当たりがなかったわけじゃない。
もう愛されていないのを認めたくなかった。けれど、写真に映る知らない女とキスをするタカヤに気持ちが切れるのを感じたのだ。
「決まってるだろ。俺の慰謝料を貰いに来たんだよ」
「は?」
「とぼけるなよ。
お前が出来損ないなせいで俺は浮気したんだ、浮気させた責任はお前にあるんだから慰謝料貰う権利は俺にある。だろ?」
タカヤの言っていることが理解できない。
「お前は面倒くさい女だったよな、俺の稼ぎで生きてる癖に帰りが遅くなると理由聞いてきたりしてさ。なのにちょっと浮気したくらいで慰謝料はいらないってさっさと出ていきやがって、だいぶ探した。金、よこせよ」
外はまだ雨が降っている。
傘無しで逃げることは容易ではなく、今住んでいるマンションの場所を教えてしまう可能性がある。それだけじゃない、ずっと探されていたという事実に雨のせいではない寒気が這い上がってきた。
「嫌。私とタカヤはもう他人なの、お金なら付き合ってる女の人に貰って」
勇気を出して精一杯毅然としたカスミに、タカヤは顔を歪める。いつも従順だった妻が自分に逆らうとは思ってなかったのかもしれない。
「あいつなら、別れた。飽きたんだ」
「じゃあ帰って」
「このっ!生意気なんだよ!」
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