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彼女は雨上がりに恋をはじめる
雨が降ってきた。
「いやだ、傘忘れたのに」
仕事帰り、雨宿りで入った東屋から見上げる空はどんより暗く、ひと気もない。公園を通らなければよかったのになんで今日に限って遠回りして帰ってみようなんて思ってしまったんだろう。
「……スミ、カスミだよな」
「きゃっ!あ、あなたは」
後ろから肩に手を置かれ、振り返ると男が立っている。
「俺だよ、タカヤだよ」
「どうして」
カスミは身をすくませた。無精髭を生やしたタカヤの顔が歪む。
「どうしてだあ?
夫が妻に会うのに理由なんて必要ないだろ」
「ふ、ふざけないで。私達、離婚したはずよ。タカヤだって同意したでしょ」
カスミがタカヤと結婚したのは社会人になって間もなくだった。結婚するにあたってカスミは会社を辞め専業主婦になったが、それだってタカヤの希望だったのだ。
──俺の稼ぎで養えるように努力する。カスミには、家庭を守ってもらいたいんだ。
家庭を守る。
当時は嘘だなんて思いもしなかった。自分は夫に愛されてると思っていたのだ。現にしばらくタカヤはすぐに帰宅していた。ベッドをともにすることだって。
タカヤが着ているよれよれのスーツが悪夢のようにカスミを縫いとめる。
「そりゃあ、同意したよ。お前が慰謝料いらねえって言うから」
「な……」
カスミは言葉を失う。なんて自分勝手な男。
「子供もいないのに金払う必要ないだろ。
俺なりの譲歩だったんだぞ」
「……それで、今更なに」
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