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タカヤに腕を掴まれて、引っ張られる。衝撃でバックが落ちた。
「いっ、痛い、離して、離してよ!」
スマホはバックの中、助けを呼ぶことができない。もがくカスミにタカヤは意地の悪い笑みを見せた。
「は、ざまあみろ、女が力で男に勝てるわけない。それに俺は知ってるぞ、レンとかいう男をたぶらかしてるんだろ、尻軽」
「どこでそれをっ、レン君はそんなんじゃない!」
レンは引っ越して話すようになった青年だ。
タカヤとは違うしカスミはレンを恋愛対象として意識してはいない──はずだった。
いつも会うたびカスミを気遣ってくれる優しさに、近頃は意識してしまっている。さっきも、助けを求めたい相手として頭に浮かんだのはレンだった。こんな気持ち、いけないのに。
「どうだか。また躾なおしてやる」
顔を赤くさせたタカヤが手を振り上げてカスミは反射的に目を閉じた。
「離せ」
気づけば冷たい声を出したレンが、カスミを庇うようにしてタカヤの手を受けとめている。上着からは、雨の匂いがした。
「だ、誰だよ、おま」
「離せ」
「ひっ」
レンが繰り返すとタカヤの顔がひきつる。カスミからはレンの顔は見えなかった。
「……ありがとう、レン君」
雨の中に逃げていったタカヤの背中を見送ってカスミは礼を告げる。
「いえ、偶然ですよ。カスミさんが無事でよかった」
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