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 一方で奴隷制度廃止案はなかなか進まず、ことあるごとにタージはナシルや大臣とぶつかる。それでも政務に真面目に取り組む姿には徐々に支持者が増えていった。宮中を闊歩すれば誰もが立ち止まって礼をつくす。歩くのが早いと自分で気付いて、従者に一言「悪い」と詫びれば、皆簡単に絆された。ムスタファは少しずつ成長していくタージの姿に尊敬して、やはり誰よりもカリスマ性を感じるのだった。  だが、そんな比較的順調な日常は長く続かないのが宮殿というものだ。  国境近くにある鉱山を狙って他国に不審な動きがあるとして、軍の上層部は連日会議に追われていた。ムスタファは会議には出ていなかったが、上官が不在の間は自分が部下を指揮することになっている。いつ戦地に派遣されるかと上官からの指示を待っている頃だった。ムスタファを会議室に呼んだのは上官ではなくナシルだった。ナシルに直々に呼ばれたのは久しぶりのことで、ムスタファは幾分緊張しながら会議室に入った。中にはナシル以外、誰もいなかった。 「お呼びでしょうか」 「タージの様子はどうだ?」 「宮殿での暮らしもすっかり慣れたようで、無茶な振る舞いをされることが減りました。先日、東部に視察に行かれた際は新しい鉱脈を発見されたようです。これからも国はどんどん潤うことでしょう」 「最近では私よりタージの方が王に相応しいのではないかという声もある。お前もそう思うか?」  冷ややかな眼でそう訊ねられて、ムスタファは固唾を飲んだ。タージのことは良い統治者だと思っているが、ナシルとタージを比べたことはない。だが、タージが王になった姿を一瞬想像して妙に腑に落ちた。そのせいで反応が遅れてしまった。
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