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「これまでもあちら側は度々部隊編成や兵の配置で挑発しては侵略を仄めかしてきた。決定的な勝機を得るまでこうして我々を煩わせ、その時が来たら攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。ならばいっそこちらから予防戦争を始めてしまうのも手だ」 「しかし、侵攻したところで我が国にとってたいした利益は望めません。豊富な資源があるわけでもなく、戦力が得られるわけでもない。領地を広げることは可能ですが、莫大な資金と被害を考えるとそこまで価値のある戦とは思えません」 「陛下のご意思なのだ」  ファイサルはムスタファを睨み付けて断言した。そして両手を後ろに組んでゆっくり室内を歩く。 「利益はあるさ。戦争によって得た捕虜を奴隷として売る。奴隷は性能のいい武器に、性能のいい武器は兵の士気を高め、戦力も上がる。我々は更に屈強な軍隊になる」  くるっと振り向いたファイサルはムスタファの隣にいる中隊長の顎に指を添えた。 「我々の俸給も上がる」  と、囁くと中隊長はにんまりと笑う。  奴隷制度を失くしたいとタージが声を上げる中、それを反故にしてあえて奴隷を確保するためにみすみす戦争を始めようということなのか。皆がその気になっている中でムスタファだけが渋っていた。戦争は更に貧困を招く。タージの努力が水の泡になってしまう、と。しかしムスタファはあることに気が付いた。 「大佐、都から援軍は来るのでしょうか?」 「むろんだ。アルス部隊とアサド部隊、そしてアディブ部隊だ」  タージを支持する部隊ばかりである。そのくせナシル直属の精鋭部隊だけは来ない。ナシルの目的は戦争を始めることでも奴隷を手に入れることでもない。戦争を無理やり始めることで王宮からタージ側の隊を派遣するよう仕向け、タージを無防備にさせることが目的だ。ムスタファを国境防衛に当てたのもそのためだ。
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