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「おれ、約束破った……また、ころした」
剣を握っているタージの手が震えている。タージの背後には兵士が倒れていて、目を見開いて息絶えているその兵士はナシルの衛兵だった。それだけで先に襲われたのはタージの方であることは分かる。
「大丈夫、それより、何があったか教えてくれないか」
「部屋にいたら、変な臭いがして鼻が利かなくなって……。だんだん頭もボーッとして……そしたら兵士が襲ってきた……」
タージの感覚を鈍らせるために故意に誰かが香を焚いたのだろう。中庭からタージの部屋にかけての炭のような残り香にはムスタファも気付いていた。普段のタージなら襲われたからと言ってここまで動揺しないはずだ。人並外れた五感のおかげで危険が迫る前に余裕を持って対処できるから。けれども感覚を鈍らされたことで勘付くのが遅れた。異変に気付いた時には兵士が襲撃してきて、返り討ちにするしか手がなかったということだ。
ここにきて初めてタージが自分の能力にどれほど頼っていたのかが分かった。「能力あっての」自分だから、いざ能力が使えなくなると対応の差が歴然だ。そのことをタージも実感したから、ひどく動揺しているのだ。
ムスタファは震えているタージの体を抱き寄せる。
「自分の身を守ったんだから、責任を感じることも俺に悪いと思う必要もない。タージが無事ならいい」
タージの手から剣が零れ落ちて、ムスタファの背中に両腕が回る。
「なんで……なんでこうなる……? ただ平和に暮らせる世界を作りたいだけなのに……」
抱き締めるとタージの動揺も不安も一気に流れ込んでくる。そして渦巻く負の感情の中から滲み出る温かさ。ムスタファが戻ってきたことに安心している。それを感じるとムスタファもホッとした。
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