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慌てて追いかけたがあっという間に姿が見えなくなってしまった。どこまでも続く荒野に置いていかれる。食べ物も水もない、頼る人もいない。たった数分いるだけでも寂しくて気が狂いそうなのに、こんな場所に独りで二十年もいたら誰だって心は荒む。タージの姿が見当たらなくて途方に暮れていたら、前方に一人の大人の男が立っていた。口の周りに髭を携えた、貫禄のある出で立ち。
「――イブラヒム?」
イブラヒムは無言で遠くを指差す。たぶん、指の先にタージがいると教えてくれているのだ。ムスタファはイブラヒムに近付いて、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「あんたは、タージを少しは愛していたか……?」
イブラヒムは俯き、そして申し訳なさそうに微笑した。はっきりしたことは分からない。けれどもムスタファは、イブラヒムはタージに謝りたいのではないかと思った。――何を?
イブラヒムの願望を押し付けたことか、タージを愛してやれなかったことか。それが分からないから、タージは心の中にいるイブラヒムに向き合えないでいる。イブラヒムはもう一度タージがいる方を指差した。
「教えてくれるってことは、タージを愛していたと受け取っていいんだな?」
イブラヒムからの返事はなかったが、姿が消える間際に穏やかに笑ったのを確かに見た。イブラヒムには確かに愛情はあった。ただそれを素直に伝えられる環境じゃなかっただけだ。タージもどこかではそれを分かっていたはずだが、やはり産まれた時に捨てられたというのがトラウマになって信じ切ることができなかったのだろう。
早くタージを見つけて教えてやらないと。ムスタファはイブラヒムが指差した方向へ走った。やがて荒野の真ん中で倒れているタージを見つける。真っ赤な長衣を着た、今のタージだった。タージの周りには粉々に割れたガラスのようなものが散らばっている。壊れたシールドの破片のようだった。このシールドを直すためにタージの精神を正常に戻してやらないといけない。ムスタファは倒れているタージを抱き起こした。自力で立ち上がる気力もないらしく、ムスタファの腕の中でぐったりしている。
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