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戦争はギリギリ起こらなかった。王宮から国境の要塞へ向かっていた部隊が激しい地響きに気付いて、ナシルの安否を確認するまで待機しろと現場の部隊に指示を送っていたらしかった。偵察のため戻って来た兵士にタージが全軍引き返せと命を下したので、防ぐことができたのだ。
「タージの暴走のおかげだな」
と、ムスタファが少しの皮肉を込めて言うと、タージは決まりの悪そうに微笑しただけだった。
宮殿は裏の敷地にある軍部も含めて、とても人が住める状態じゃなかった。ただ、街には影響はなく被害者もいなかったのは幸いだった。宮殿の有様を見た都の住民たちは各地から人手を集めて復旧を手伝ってくれた。報酬は何も出ないと分かっていても、皆快く協力してくれる。
「殿下が王宮に入られてから、地方は本当に住みやすくなってきたんです。まだまだ貧しい村はありますけどね、殿下には期待しているので」
「今まで国王陛下は一年に一回しか国民の前に姿を現さなかったんだ。しかも宮殿の前の高台から街を見下ろすだけさ。でも殿下は直接国民の元へ出向かれる。本当に有難いことだよ」
今まで届かなかった国民のタージへの評価をようやく知ることができた。タージはその時初めて、嬉し涙を流したのだった。
王宮がなくなったからといって政務をしなくていいわけではない。タージは軍用の天幕を張って、夜はそこで仕事をして昼間は住民たちと一緒に瓦礫を片付けた。誰もが「殿下は休んで下さい」と止めたが、勿論タージは休まない。むしろ体を動かすほうが楽しいようで、誰よりも働いた。そんな彼の姿に臣下も住民もつられて活気づいた。いつかスラムでそうだったように、王宮に入る前の頃のように、タージは活き活きとしている。
タージの周りにはどんどん人が集まった。部屋に閉じこもって仕事をするより、外で実際に見て、聞いて、触れて感じる方が合っているのだろう。ムスタファはみんなの中心に立って動くタージの姿に、やはり唯一無二のオーラを見るのだった。
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