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友人:林くんの災難①
俺には変わった友人がひとりいる。
常に明るく、声が馬鹿みたいにデカい。
聞けば五人兄弟の四番目だという。
一人っ子の俺からすると、自分のほかに兄弟が何人もいる環境は想像がつかない。
大学の授業が終わって、俺はその友人宅に向かおうとしていた。
「林さん」
路上で声を掛けられて視線を動かすと、中学校の制服を着た少年が少し離れたところに立っていた。
片手を上げて応えれば、そのまま駆け寄ってくる。
屈託無い笑顔がまぶしい。
「月次郎は学校終わりか?」
「うん。テスト期間で帰りが早いんだ」
人懐っこく砕けた物言いに、そっか、と俺は笑いをこぼす。
「もしかしてウチに来る?」
「ああ。これから行くところだった」
着崩すことなく制服をきちんと身にまとう少年は、今から会おうとしている友人の弟だった。
古風で変わった名前は今の時代だと逆にレアだろう。
「テストか~……嫌な響きだな。お前のことだから心配は無いだろうけど」
俺の言葉に否定も肯定もせずに月次郎が微笑む。
今はまだ幼さが際立つが、目鼻立ちの整った顔をしている。
ああ、俺だって、顔も頭も苦労しない人生を送りたかったなあ──なんて早すぎる人生の終結みたいなセリフが思わず頭に浮かぶ。
ただひとつ、この少年に不憫な点があるとすれば。
兄貴がアレなんだよなあ……。
そんなことをぼんやり考えているうち、目的の家に到着していた。
少し古めかしいが立派な木製の門扉をくぐり抜け、少年の後をついていく。
「ただいまー。林さん来てるよ」
家の中に向かって玄関から月次郎が呼びかける。
数秒後、奥から走って来る足音がしたと思うと、姿を現した友人に俺は片手を上げた。
「よう、朔乃」
俺の声には応えず、目を見開いたまま友人は俺たちを凝視している。
淡く染めた髪にピアスが左右の耳にバチバチにあいていて、チャラチャラしてんなぁ、と友人ながら思う。
朔乃は見た目がちょっと派手というかヤンチャというか、しかし顔立ちはいいので目を引くタイプだ。一方の俺は耳も空いてなければ髪も染めていない。いやこの際、俺のことはどうでもいい。
それより、この沈黙はなんだ?
やっと口を開いた朔乃は、こうのたまった。
「……なんで月と一緒にいんの?」
なんだその顔は。拗ねた表情に、不機嫌そうな声音。
この男は弟のことになるとちょっと様子がおかしくなる。
そして隣にいる末っ子の瞳がすっと据わったのが俺には分かった。
「朔乃。お客さんに失礼なこと言うな」
先ほどまでの無邪気さをかなぐり捨てた台詞に、お前は一体この男に何をされたんだと勘繰りたくなる。
「月次郎とは来る途中に会ったんだ。そもそもお前が家に呼んだんだろうが」
「林さん、とりあえず上がって」
末っ子の言葉に甘えて靴を脱ごうと腰を下ろしたときだった。
今度は廊下の奥から、何か軽やかな足音がしてきた。
「あっ」
顔を上げると、朔乃が口をおさえている。
……何だ?
眼前に犬がいた。
黒くて大きい。毛がふさふさしている。
あれ、こいつんち犬いたっけ。
そう思った時だった。
「きみが林くんか。はじめまして」
しゃべった。犬がしゃべった。
唖然としてキョロキョロと見回すが、ここには俺と友人と、その弟しかいない。
視線を向けると朔乃は天井を見上げ、月次郎は手のひらで額をおさえている。
いやそれどんな反応?
「いつも朔乃と仲良くしてくれてありがとう。長男の葉羅です」
黒い犬が俺を見つめながらそう言った。しっぽがぱたぱた揺れている。
視界がゆらいで、脳みそがキャパオーバー。
俺はそのままぶっ倒れた。
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