ぼーっとしてても意識はある

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ぼーっとしてても意識はある

「好きです。付き合ってください」  と前回と全く同じ台詞を電車が到着するまでの間に高校生の彼は、隣に立つ制服姿の彼女に伝えた。 「またそれ、冗談はやめてよ」  だよなぁ……なんて口にする彼も同じように笑いつつもどこか表情が硬い。彼女がちらりとその顔色を盗み見ている。  電車が到着した。学生の彼らは乗車し、学校での出来事や勉強のことを話す。  最寄り駅に着いたようで彼女は下車をする。ドアが自動的に閉じ、電車が再び動き出すまでじっと。  彼女がなにかを言いかけたのと同時に電車のドアが閉まった。 「なにか言おうとした?」 「ううん、なんでもない」  互いにはっきりと伝わったかは分からないが電車のドアのガラス越しに唇の動きで、なんとなく相手の思いは理解できたらしく彼らは笑みを浮かべる。  電車が見えなくなると、彼女は頭を抱えた。 「また……やっちゃったー。どうしよう、次は冗談にしないって決めていたのに」  うーうー言っていたが、しばらくするとけろっとした様子で彼女は改札口を通り抜けていく。  なぜだか彼女はにやけていた。 「やっぱりさ、友達みたいな恋がしたいよね」  同じクラスの友人の話をきちんと聞いてなかったのか彼女が首を傾げる。教室の窓から吹きこんだ風がカーテンを揺らした。 「んー、長内(おさない)ちゃんは異性とのそういう気持ちに鈍感なタイプ?」  と言われて長内と呼ばれた彼女がむっとした。 「分かる」 「じゃあ、わざわざ説明しなくても良いね」 「けど、答え合わせは必要だと思う」  きゃらきゃらと友人は笑い、自身の茶色のソバージュに指を通す。 「別に難しい話じゃないよ。恋人同士を特別な関係と思い続けるのは大変そうってこと」 「あくまでも友人の延長線上にある関係?」 「その通り……恋愛ゲームの好感度パラメーターが恋人レベルになっただけだと割り切れたら、楽なんだろうけどね」  付き合わないの? 友人の不意の言葉に長内が顔全体を赤くする。 「相手が不在なので」 「そろそろ好感度が恋人レベルになりそうな異性の友達はいるでしょう」 「なりそうだったら、それは友達だよ」 「相手はそう思ってないから、勇気を振り絞ってくれているんじゃない。すでに二回も」  これ以上は野暮だと判断してか、友人は長内になにも言わなかった。  長内の体調を心配するように彼が見下ろした……声をかけるも彼女の反応は薄い。 「あと一回なんて、贅沢だよね」  ぼそりと彼女が呟く。  電車に乗り、ドアの近くで長内と彼は向かい合わせに立つ。  ぼーっとした顔つきで、電車のドアに肩を凭れかけている長内の全身が車体と連動して揺れる。 「夕日を見ているのか?」 「うん」 「スカートめくれているぞ」 「うん」 「付き合おうか」 「うん」  告白の返事をしたことさえも気づいてないようで長内の様子は変わらないまま。そのまま彼と目を合わせずに彼女は最寄り駅で下車する。 「そんじゃあ、また明日な」 「うん」  長内の生返事を聞き、にやけつつ彼は手を振る。  電車のドア越しに長内と目が合う。唇の動きをきちんと読み取れたらしく彼が驚く。  のほうが良かったかな? と長内からのメールが彼のスマートフォンに届いていた。
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