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「どうぞ。粗茶ですが」
マグカップをテーブルの上に置くと、タクトはムムッと細い眉を曲げた。
「コーヒーの場合でも粗茶って言うんでしょうか?」
「さぁ? では、粗コーヒーですが、に言い換えましょうか……砂糖とミルクは?」
「結構です」
自分のカップを持ってタクトの対面に座ると、彼は小さく「いただきます」と言いカップに口を付けた。その顔をミツキはこっそりと盗み見る。
フードの無い状態で改めて見ると本当に整った顔立ちだ。さぞやモテるに違いない。見た感じ、十代後半から二十代前半といったところだろうか。
こんな若者が夜遅くに一人出歩いて何をしていたのだろうかと、再び疑問が頭をもたげる(若者でなくても不自然ではあるが)。
「美味しい……あの、ミツキさん? 俺の顔に何か?」
「い、いえ。失礼」
「そうですか。それより、突然押しかけた上こんなもてなしまで……ありがとうございます」
「お気になさらず。僕も久しぶりに誰かとお話できて嬉しいので」
「一人でお住まいなんですか?」
「ええ」
「……へぇ、そうなんですね」
「え、僕何かおかしなこと言いました?」
「いえ、ただ、マグカップが」
タクトに指摘されて初めて気づく。自分の手に持っているマグカップとタクトのマグカップ、ピンクと青のお揃いであることに。
「ああ、ペアカップだったんだ。普段何気なく使っていたから気付かなかった」
「一人暮らしなのに、ペアカップを買ったんですか?」
「分かりません。このマグカップは雨が降る前からあったものなので」
「あぁ、なるほど」
タクトは得心がいったというふうに頷いた。
黒い雨。
その雫に一定量打たれた者は記憶を失ってしまうという、傍迷惑極まりない雨。
黒い雨は十年前のある日突然降り始め、世界中の人々からその日までの全ての記憶を奪い、今なお降り続いている。目に見えるが質量はなく(光と同じようなものと考えられている)、水害などの心配こそないものの、それ専用の特殊な傘でなければ防ぐことができない。
ゆえに外出する時は折り畳み含めて何本か傘を持っておくのが世間の常識だ。せめてあの日以降の記憶を保持しておきたいのなら。
「黒い雨……本当に困ったものですよね」
ミツキが言うと、タクトは同意とも否定ともつかない顔つきになった。ミツキは気にせず話を続ける。
「実はこの雨、世界のどこかに居る魔女が降らせているようなのですよ」
「魔女?」
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