黒い雨

3/9

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「家にあった古い書物に書いてあったのです。記憶を奪う黒い雨は魔女が使う上級魔法の一つであり、雨を止ませることができるのは降らせた魔女本人だけ。そして雨が上がれば、失われた記憶は帰ってくると。  実を言うと、私は黒い雨を止ませるために魔女の行方をずっと調査しているのです」 「……へぇ、魔女の調査を」 「きっと、大切な記憶が奪われてしまったのです」  何も言わないタクトに、ミツキは話の続きを促されているのだろうと判断する。 「日常のふとした瞬間に思うのです。記憶はなくても、心がちゃんと覚えている。絶対に忘れちゃいけない大切な思い出。このマグカップもそうです。いつどこで買ったのかも思い出せないけれど、きっと大切な、忘れたくない記憶と連なるもの。僕はそれを思い出したい。  だから必ず魔女を見つけ出し、雨を止ませてもらわなければならないのです」 「……それで魔女の調査を。あてはあるんですか?」 「魔女は自らの容姿や居城を変身魔法(メタモルフォーズ)で偽ることができる。普通に探してもおそらく見つからない……そこで僕は、魔法殺し(マジックスレイヤー)と呼ばれる存在を追っています」 「魔法殺し?」  タクトの目がぎらりとその光彩を増す。ミツキは思わずたじろいだ。全てを見透かすような不思議な迫力が、歳下であるはずのこの青年の目には宿っている。 「その名の通り、魔女の魔法が効かない特別な種族です。魔法殺しなら、たとえ魔女が変身して身を隠していたとしても、本来の姿を見ることができる」 「ほう、つまり魔法殺しに魔女を探す手伝いをしてもらいたいというわけですね」 「そうです。魔女殺しは古の時代より数は減ってしまっているようですが、何人かの末裔が民衆に紛れて生活しているとか。右の手首にある三日月型の痣が目印です」 「それも全部書物に?」 「ええ」  なるほどと頷いたきりタクトは押し黙ってしまった。気まずい静寂が訪れ、風が窓を叩く音だけが虚しく響く。ミツキはんんっとわざとらしく咳払いをした後、間を繋ぐために口を開いた。 「ところでタクトさんは、どうして一人でこんな森の奥に?」  それは苦し紛れの質問だったが、ちょうど今一番気になっていることだった。 「……探し物を、していたんです」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加