黒い雨

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 不自然な間の後タクトは答えた。「探し物? 何を探していたのです?」とミツキはさらに尋ねる。 「まぁ、いろいろと。でも見つかりましたよ」 「はぁ、そうですか。それは良かったですね」  誤魔化すような言い方は少し気になったが、ミツキはすでにタクトが悪い人間ではないことを直感していた。だから深く追及するのはやめた。 「それにしても、」とタクトが目を細めながら言う。 「このコーヒーを飲んでいると、なんだか懐かしい気持ちになります」 「懐かしい気持ち?」 「俺がまだガキの頃……と言っても、今でもガキみたいなもんですが、もっとずっとガキの頃。お袋によくコーヒーを淹れてもらっていたらしいんですよ。俺はよく覚えてないんですが、お袋が言うには、親父の真似して砂糖もミルクも入れずに飲んでは、苦い苦いって喚いてたらしいです」 「ふふっ。可愛らしいですね」 「記憶はなくても心が覚えている……ミツキさんと同じですね」 「えっ?」 「マグカップに思い入れがあるってことは、ミツキさんはもしかしたら昔、こうやって誰かにコーヒーを淹れていたのかもしれない。今日、俺に淹れてくれたみたいに」 「そう、かもしれないですね」 「絶対に思い出さないとですね」 「はい」  タクトの言葉にミツキは胸が温かくなるのを感じた。  その日はもう夜も遅かったから、タクトを客室(と言っても物置を慌てて掃除し、使われていない布団を敷いただけ)に案内し、ミツキ自身もすぐに寝ることにした。  ベッドの中、さっきまでのタクトとの会話を思い出しながら、ゆっくりと微睡の底に落ちていった。
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