黒い雨

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「いえ……それで、黒い雨は止ませていただけますか? たぶんミツキさんが念じれば止むと思いますが」 「はい。すぐに止ませます。ごめんなさい」 「良かった。もしごねるようだったら、強硬な手段を取ってでも止ませるよう言われてましたので」  爽やかな笑顔でさらりと怖いことを言うタクト。ミツキは慌てて心の中で雨が止むよう念じた。窓の外を流れる幾筋もの線が、十年もの間降り続いた黒い雨が、嘘のように引いてゆく。  雨上がり。  同時に、ミツキの脳内に忘れていた記憶が一気に押し寄せた。  孤独だった幼少期。物心ついた時から親の居なかったミツキは、生来備わっていた魔法の力で何でも屋のような商売を開業し、なんとか生計を立てていた。  時には人に言えないような仕事を依頼されたりもしたが、若いミツキには魔法の他にできることなどなく、また、やりたくない仕事をカドの立たないよう断る知恵もなかった。  ミツキの周りにはミツキの力を悪用しようとする大人ばかりが溢れ、逆に、同年代の子たちからは恐れられ、距離を置かれていた。味方なんて世界に一人も居ないと思った。  そんな時現れた男の子。ミツキの力を恐れず、いつでも対等な人間として接してくれる彼に惹かれるようになるまでに、そう長くはかからなかった。  そして始まった彼……アキラとの同棲生活。  二人はいつも寄り添いあって過ごした。特に好きだったのは、一緒に選んだペアのマグカップにコーヒーを注ぎ、他愛も無いお喋りに花を咲かせる時間。  楽しかった。幸せだった。またこの頃には仕事も軌道に乗り、結婚資金も着々と貯まっていたし、全てが順調のように思えた。    しかし別れは唐突に訪れた。街に買い物に出かけたアキラが暴漢に襲われ、帰らぬ人となったのだ。訃報を受けた瞬間、ミツキは膝から崩れ落ちた。  さらに警察の取り調べの結果、暴漢は魔女に恨みを持つ人間であったことが分かった。自分のせいでアキラは命を奪われたのだ。  ミツキはこの世の全てに絶望した。  何もかも忘れてしまいたいと思った。  そして…… 「本当に、私が黒い雨を降らせていたんですね」  涙が頬を伝う。自分のせいでアキラの人生だけでなく、世界中の人の人生を狂わせてしまった。そのことに今更気付いた。何度謝ったって取り返しがつかない。 「俺、思ったんですが、」  タクトが柔らかな口調で話し始めた。
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