Tequila!

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二十三時を過ぎた所で西田のスマホが鳴った。 「あっ、しまった」 「どうした?」 「今日、家に実家の鍵忘れてきたんだよ。連絡したら玄関開けて貰うようお袋にお願いしてるんだけど、そろそろ寝たいから帰って来いって」 「そっか」   残念だが、仕方ない。 「あー…何でこんな日に限って鍵忘れてくるかな……あ、今のはダジャレじゃないぞ?」 「分かってるって」 心底残念そうな西田を見て思わず苦笑いした。 「会計……」 「いーよ、俺もう少し飲んでくから払っとく」 「いや、俺から誘ったんだし」 「んじゃ、次会った時奢ってよ」 「……分かった」 次に会うのは年末年始に西田が帰省した時になるだろう。彼は荷物を持つと、名残惜しそうに店を出ていった。 「ふぅ……」 もう一杯だけ飲もうかとメニューを見ていると、舘川くんが新しいおしぼりをくれた。 「有り難う」 「まだ飲まれます?」 「うん。どうしようかな…何かオススメある?」 「そうですね……。ご用意させて頂きます」 舘川くんは少しだけ考え、カクテルを作り始めた。お任せカクテルを待つ時間は、ちょっとしたワクワク感がある。彼はどんなものを出してくれるのだろうか。 「お待たせ致しました。フローズンマルガリータです」 舘川くんが出してくれたのは、俺が一杯目にオーダーしたのと同じ、テキーラベースのカクテルだった。 底が浅いカクテルグラスにはクラッシュされた氷がキラキラと浮いており、グラスの縁をぐるりと一周するように付けられた塩が舞い落ちたばかりの雪を思わせる。グラスの端には薄切りのライムが添えられていた。 俺は思わず舘川くんの方を見た。 「……やっぱり、気付いたんだね」 すると彼は困ったように笑い、頷く。 一杯目にオーダーしたマルガリータのカクテル言葉は「無言の愛」。そしてフローズンマルガリータのカクテル言葉は「元気を出して」。 俺はひんやり冷たいグラスを手に取り、カクテルに口をつけた。 「思わせぶりなんだよなぁ、あいつ。昔からさ。中高なんか殆ど放課後一緒にいた。親友と言うにはあいつの距離は近すぎたんだ。俺にとってはね。大学で折角離れたのに、帰ってくる度呼び出しては付き合わされる。……俺の気持ちも、知らないで」 黙ってグラスを拭きながら、舘川くんは話を聞いている。 「俺は西田の幸せを願ってる…。あいつの幸せが俺の幸せなんだ。その気持に嘘はない」 「だから恋じゃなく愛、なんですね」 井橋さんに言われ、俺は小さく頷いた。 舘川くんがグラスをしまい口を開く。 「今日召し上がったジェラートに使っていたアガベシロップとテキーラ、実は同じリュウゼツランから抽出されたものなんです」 「え……」 俺は驚き、目を見開いた。 「どちらもリュウゼツランアガベ種の植物から採取されるんですが、シロップは葉を蒸したりして柔らかくしたものを抽出してろ過したもの。そしてテキーラは、アガベの中でもブルーアガベと呼ばれる品種の茎から抽出したエキスを蒸留させて作ったものの事を言うんです」 「知らなかった……。同じ植物から抽出しているのに、全く違うものになるんだね」 「そう。だから、根っこは同じなんです」 舘川くんは続けた。 「蒸留酒はね、一度加熱した蒸気を冷やして不純物を取り除いて熟成させた純度の高いお酒なんです。今の藤原さんの想いみたいに」 「俺の、想い……」 「はい。過去、西田さんと一緒に過ごした時間はきっと、藤原さんにとってシロップのように甘かったのではないでしょうか」 中高時代を思い出し、思わず赤面する。 「時間を経て西田さんへの想いが蒸留され、少しずつ熟成されて…西田さんの幸せを望めるようになった…。藤原さんの想いはまるで純度の高いテキーラ(蒸留酒)のようだなと思ったんです」 「舘川くん……」 「綺麗でしょう?」 舘川くんがテキーラの瓶を俺に見せる。 怖いくらいに透明な液体が、瓶の中でたぷんと揺れた。 西田を想う気持ちは変わらない。 甘くて淡い初恋は、時を経て純粋に彼の幸せを願う気持ちに変わった。 「………うん」 これからもきっと、ずっと。 俺は西田を想い続けるのだろう。 そしてそれが、俺にとっての幸せなのだ。 俺はゆっくり、フローズンマルガリータを口にした。 夜が静かに更けてゆく。 もう少しだけ、この酔に身を任せていたかった。 おわり
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