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やがて、呻くような声がした。驚いてみれば、ダリアが口元を押さえて、ぽろぽろと涙を零しているではないか。
「……ごめん、なさい、シンシア。……本当は、本当はわたくしも、わかっていたんですの。これでは、いけないってことくらい。なのに……ああ、どうしてかしら。デイジーを貶めなければ、自分がこの家にいられなくなるとばかり……何でそんな風に思うようになってしまったのかしら」
「お姉様……?」
「ごめんなさい、シンシア。嫌な思いをさせたのに、まだ、わたくしを好きだと言ってくれるのね。本当に、ありがとう……」
それはさながら、ずっと張り詰めていた糸がぷっつりと切れるかのよう。
ダリアの方も茫然とした様子で宙を見つめて、こんなことを言うのだ。
「……そっか。なんで、気づかなかったのかしら。そうね。シンシアが……シンシアが爵位を継ぐのでも良かったのだわ。それなのにデイジーったら、そういうの、全然気づかなくて。無意識でシンシアだけはないだろうって……ああ、本当に、酷い話。ごめんなさい、シンシア……」
争いに必死で、未来に怯えるばかりで、彼女たちはきっと大事なことが見えていなかったのだろう。本当は、怯えなくてもいい未来がそこにあったというのに。
デイジーは唇をかみしめて、やがてがばり、とダリアに頭を下げたのだった。
「ダリアお姉様。酷いことばっかり言ってごめんなさい。お姉様が不細工だとか、性格悪いとか、本当は思ってない。思ってないの、だから……」
「いいんですのよ、デイジー。わたくしも……悪かったわ。貴女はわたくしと違って、たくさんお友達がいる素敵なレディだったのに」
涙を脱ぐりながら、ダリアも頭を下げる。ごめんなさい、と。
「わたくしは、本当に愚かな真似をしたわ。……家督は、シンシアが引き継ぐべきよ。でも、一人で背負わせたりはしない。だって、わたくし達は……家族なんですもの」
「お姉様……」
きっと。物語ならば、もっと勧善懲悪の方が読者の受けはいいのだろう。
クズな姉妹を、ヒロインがざまあして終わり、格上の貴族様に溺愛されて幸せに暮らしました――めでたしめでたし。きっとその方が、ずっと王道に近いものであるはずだ。
でも、シンシアは知っている。
自分の世界には、踏み台にしていいようなクズな姉たちなんていないということを。イケメンの貴族様に溺愛されなくても、ささやかな恋をしていればそれで充分だということを。それが、自分の幸せな世界であるということを。
「ついでに、もう一つ。お姉様たちに、お話しておきたいです」
誰かがいなくていい世界なんて、要らない。
幸せになろう、みんな一緒に。
「私……結婚したい人が、できました」
やがて鳴り響く、幸福の鐘。
誰かの不幸を願うより、希望を祈る方が――景色は何倍も、輝いている。
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