3人が本棚に入れています
本棚に追加
「お届けにあがりました」
男が連れてきたのは、中学校の制服を着た、黒い何か。
「…は?」
「あなたが、クラスメイトの魂の中に刺した、あなたの魂の一部です。ちょっと年季が入って、あちこちすり減っちゃってますけど」
もう一度、その黒い物体を見る。着ている制服は、確かに昔通っていた中学校のものだが、黒っぽく蠢くそれは、自身どころか人間にすら見えなかった。
「依頼人は、ぜひ本人に送り届けたい、とのご意向でしたので」
とん、と、それを押すと、するり、と本来の主人の中へと入る。
「確かに、お返ししました」
『キャハハハ!』
『うーわ、キモ』
これは、なんだ? 私か?
次々と思い出す、同級生を嬲る中学生の自分。
『ホントに舐めた、汚ったなー』
『クスクス、早くしなよー』
相手の顔が、やけにハッキリ思い出された。そいつへの仕打ちに胸が悪くなる。
『アハハハハ!』
あんなの、友達同士の遊びの一つ、またその中で努力した者の当然の権利だったはずだ。ここまで酷いことをした覚えも、なかった。大人になり、まだ幼い子供を持つ今、そんな昔のことを一方的に責められて、どうしろというのか。
今度、住所を調べて、謝りにいこう。それで、この件は忘れてしまえる。
「そうそう、あなたがイジメて削り取った依頼人の魂、こちらは返してほしい、との依頼でしたので。失礼」
男は、ずるり、と、足元からクラスメイトの形を引き摺り出した。
記憶の中から、同級生の顔が消える。
「待っ……依頼人、て…誰?」
「守秘義務がありまして」
男は立ち去った。
過去の、おぞましい記憶だけを残して。
※※※
「あの時は、ありがとうございました…おかげで長年の悪夢から解放されて、普通の暮らしが出来るようになりました」
「それはそれは」
「……で、今頃になって、何の御用ですか?」
かつての依頼人に、男は笑顔を向けた。
「配達です」
男が連れてきたのは、職場の制服を着た自分の姿。少しボヤけたその顔が、嫌味に笑った。
「お届けにあがりました」
(了)
最初のコメントを投稿しよう!