白石 梨恵

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「どうした?かかって来ぬのか?」 「クッ………」 フツヌシの挑発に、魔物は声も出せずにいた。二人の格の違いは、誰の眼にも明かだ。魔物に憑依されている梨恵の身体は、ゆっくりと後退りを始めている。 「…ならば、こちらから行くぞ!」 そう言い放つと、フツヌシは一気に魔物に襲い掛かった。疾風迅雷、正に電光石火の所業である。その一連の動きには、無駄な動作は一切無い。全力で獲物を狩る獅子の如く、鬼気迫る怒涛の勢いで魔物に肉薄した。  繰り出された鋼の様な拳はしかし、梨恵の身体には当たらなかった。いや、意図的に当てなかったと言った方が正しい。フツヌシはその拳が梨恵の身体に当たる瞬間、すんでのところで拳を止めていた。梨恵の身体には触れていないのだ。  しかし、梨恵は苦悶の表情を浮かべながら、悶絶躄地(もんぜつびゃくじ)している。おそらくフツヌシは、梨恵に身体には一切触れずに、憑いている魔物にだけダメージを与えているのだろう。どういった原理かは、定かではない。しかしこれが、軍神フツヌシの真の力なのだ。それは正しく神業(かみわざ)だった。 フツヌシは言った。『この女子(おなご)の肉体は傷付けぬ』と。その言葉は真実(ほんとう)だった。正直に言うと、その時は疑っていた。梨恵の肉体を傷付けずにどうやって闘うのか、と。しかし、神の力は偉大であり、絶大だった。その力は唯一無二で、疑う余地など無かったのだ。それなのに…、少しでも疑ってしまった事を、真守は恥じた。  『信じる者は救われる』 神様は嘘など吐かない。ただ、信じれば良かったのだ――。 「口ほどにも無い奴め」 フツヌシが漏らした言葉は、魔物のプライドを大きく傷付けた。恨めしそうな表情を浮かべながら、フツヌシを睨み付けている。 「おのれえぇ、フツヌシ!許さぬぞおぉぉぉ」  憎悪に満ちたその顔は、内面的な醜さを強調させる。今にも呪いの呪文でも吐きそうだ。真守がそう感じた時、魔物は何やらブツブツと、本当に呪文らしき言葉を呟き始めた。 「潔く、負けを認めろ!」 フツヌシは、魔物の呪文に重々に警戒しながら、威圧的にそう告げた。
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