白石 梨恵

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「おのれフツヌシ!わらわの邪魔をする気か⁉」 怒りを滲ませながら、梨恵の身体を蝕む魔物は声を荒げた。 「邪魔などする気は無い!貴様の息の根を止めるまでだ!!」 フツヌシはそう一喝すると、唸り声を上げながら素早く臨戦態勢を取った。  「軍神」の名は、ただの飾りでは無い。その名に恥じぬ圧倒的な闘気と威圧感が、その空間を支配していく。つい先ほどまでの威勢は見る影もなく、梨恵の身体は恐怖で震え上がっている。 「フツヌシ様、来て下さってありがとうございます。ですが、その者の肉体は普通の人間です。どうか、お慈悲を!」 真守は咄嗟にそう声を掛けた。フツヌシが本気で襲い掛かれば、梨恵の華奢な肉体など一溜りも無い。ほんの一瞬で無残な亡骸になる事は、想像するに容易(たやす)かった。 「真守よ、案ずるな。この女子(おなご)の肉体は傷付けぬ。俺も神である。無駄な殺生は、せぬ!」 フツヌシはそう言い放つと、マーシャに「下がっていろ」と短く告げた。真守と河津は急いでマーシャに駆け寄り、マーシャの足となって素早く退いた。 「真守殿、河津殿、申し訳ない…」 マーシャは激痛を堪えながら、声を絞り出した。二人は大きく首を振ってみせた。 「マーシャさんがいなかったら、俺たちは今頃屍になっていたかも知れません。俺たちの方こそ、何も出来ずにすみません」 マーシャは僅かに微笑みながら、小さく首を横に振った。 「さあ、かかって来い!!」 真守たちが離れたのを確認すると、フツヌシは魔物を挑発するように、そう叫んだ。そして、じりじりと間合いを詰めていく。戦闘では、一瞬の油断が勝敗を分ける。フツヌシはそれを重々承知しているのだろう。 一瞬の隙も、僅かな(おご)りさえも見せない。魔物の一挙手一投足に、全神経を集中させていた。  梨恵の身体はブルブルと震え続けていた。それは、武者震いなどでは決して無い。怖いのだ…。軍神フツヌシに、恐れ(おのの)いているのだ。その証拠に顔面は蒼白になり、その額からは脂汗が滴っている。マーシャを手玉に取っていたのが、嘘の様なありさまだ。
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