虹の神様

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 健太と美咲がこの町に越してきたのは、四年前のこと。家は町の端にあり、落ち着いた雰囲気が漂っていた。隣の家は、さくらという女性が一人暮らしをしていた。  四年間、健太と美咲は隣のさくらとほとんど会話をしなかった。挨拶程度だ。日常に追われ、まともな会話をする機会はなかった。  さくらがいつも色鮮やかなスカーフを被っていることを、健太と美咲は不思議に思っていた。夏も冬も。越してきた年は赤、翌年は橙、三年目は黄色、四年目は緑。毎年色が変わる。しかし理由を尋ねることはなかった。  さくらはこの町で少し変わり者扱いされていた。彼女はご近所付き合いを避け、静かに暮らしていた。さくらの家は、町の他の家と比べてやや古びており、庭も手入れが行き届いておらず、雑草が茂っていた。古い石畳が所々見えるだけで、花や植物はほとんどなく、どこか寂しげだった。風が吹くたびに、枯れ葉が舞い上がり、静かな庭に落ちた。  五年目のある日の午後、美咲が庭でバラの手入れをしていると、さくらが顔を見せた。青いスカーフを被っていた。青い空の下、太陽が庭を照らしていた。美咲は手を休め、柵越しに声をかけた。 「こんにちは、さくらさん。お元気?」 「こんにちは、美咲さん。おかげさまで」  さくらは穏やかな笑顔を見せた。 「お庭のバラ、見事ね」  その一言が、初めてのまともな会話だった。美咲は嬉しそうにバラを見やった。 「ありがとう。バラが咲くと庭が華やかになるから好きなの」  美咲は、さくらがガーデニングに興味を持っていると感じた。 「さくらさんの家の庭も、手入れをすれば、きっと素敵になるわ」美咲は提案した。 「そうかしら。今まであまり時間がなくて、ほったらかしにしていたから」さくらは少し恥ずかしそうに微笑んだ。 「大丈夫よ。少しずつ始めればいいの。一緒にやってみない?」  さくらは驚きつつも嬉しそうにうなずいた。 「素敵。ぜひお願いしたいわ」  こうして、美咲とさくらは、ガーデニングを通じて仲を深めていった。美咲はさくらの家の庭に花や植物を植える手助けをし、さくらも次第にガーデニングの楽しさに目覚めていった。さくらの家の庭は少しずつ生き生きとした姿となり、二人の友情もまた、庭と共に花開いた。  春の陽射しが庭を包む頃、美咲はさくらに尋ねた。さくらは藍色のスカーフを被っていた。 「この町には、長く住んでいるの?」 「ええ、もう二十年くらいになるわ。この町は静かで住みやすいでしょう」 「そうね。私たち夫婦もすっかり気に入っているわ」  二人は花壇に新しい苗を植えながら、軽い話題から、深い話へと移っていった。 「さくらさん、この大きな家に一人で住むのは、少し寂しくない?」  さくらは一瞬手を止め、微笑んで答えた。 「ええ、時々そう感じるわ。でも、この家にはたくさんの思い出が詰まっているから」  さくらは遠くを見つめるような表情をしていた。美咲は以前から気になっていたことを尋ねた。 「ご家族の方は、どちらにいらっしゃるの?」  さくらは少し考えた後、静かに語り始めた。 「実は、夫と一緒に住んでいたのだけど、彼はある理由で家を出なければならなかったの」 「どうして?」 「夫は虹の神の七兄弟の一人だったのよ。他の兄弟から、神の国へ戻って、仕事を手伝うようにいわれたの。従わなければ、もう二度と神の仲間に入れてもらえないって」  美咲は当惑と興味を感じた。 「それで、彼はどうしたの?」 「夫は七年後に迎えにくると私に約束してくれたわ。その代わり、七つの虹の色のスカーフを作り、すべてかぶって、毎年一枚ずつ脱いでいくようにと彼はいったの。そうすれば、七年後に神の国から私を迎えにこられるって」  さくらは少し笑みを浮かべて続けた。 「わたしは夫のいいつけ通り、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のスカーフをかぶって、毎年一枚ずつ脱いできたわ」  美咲は感動し、敬意を抱いた。 「さくらさん、その約束を守り続けるなんて、本当に強いのね」 「美咲さんのおかげよ。私は夫が戻ってくる日を信じて、毎日を過ごしてきた。でも、あなたと話したり、一緒に庭を手入れしたりすることで、希望を持ち続けることができたの」  美咲はさくらが深い愛と信念を持っていると感じた。 「これからも一緒にたくさんの花を咲かせていこうね。さくらさんの庭がもっと美しくなるように」 「ええ、楽しみ」  さくらは力強くうなずいた。 「虹の神の旦那さんを待っているだって?」その晩、健太はいった。 「そう、素敵でしょう」美咲はいった。 「あんまり深入りするなよ」 「なぜ?」 「どう考えてもまともじゃない」  健太は人差し指を頭の横でクルクル回した。 「ちょっと、そういうの、やめてよ」 「そもそも、旦那さんなんて本当にいるのかい?」 「さくらさんはまともよ。本当のことをいっているわ。わたしにはわかるの」 「まともはまともでも、まともな妖精さんだろう」 「いいかげんにしてよ!」  七年目の夏がやってきた。さくらの庭は色とりどりの花で埋め尽くされ、寂しげな雰囲気は消え、生命力に満ちていた。美咲とさくらは最後のスカーフを脱ぐ日が近づいていることを感じていた。  その日、美咲はさくらの庭で手入れを手伝っていた。さくらは紫のスカーフを脱ぎ、静かに微笑んだ。 「今日は特別な日ね」 「本当に。さくらさん、庭は美しくなったわ」 「ありがとう、美咲さん。あなたの助けがなければ、ここまでこられなかったわ」  夕方になるとにわか雨が降り、雨上がりの空に虹がかかった。さくらは虹を見上げ、静かにいった。 「もう行かなければ」  美咲は驚きと寂しさを感じながらも、さくらの決意を尊重した。 「さくらさん、どうかお幸せに」 「ええ、あなたもね」  さくらは庭の中にゆっくりと消えていった。美咲は虹の中に吸い込まれていく彼女を見守りながら、心の中でさくらの幸せを祈った。  それ以来、さくらの家は空き家になったが、美咲はさくらの庭の手入れを続けた。空に虹がかかるたびに、さくらが神の国で幸せに過ごしていることを彼女は感じた。
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