第5章 引き渡し

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第5章 引き渡し

ワゴン車は、いつの間にか林道を走っていた。 「兄さん、コイツまだ寝てますよ。呑気なヤツだな。これから地獄が待っているって言うのによ」  ウリエルが鼻で笑いながら、徳男を小突いた。 「まあ、放っておいてやれ。ぐっすり眠れるのも、今のうちだからな」 「そうっすね。コイツのこの身体見たら、今まで働きもせずグータラしてたのがよく分かりますよ」 「だな。今まで遊んで来た分、そのツケをたんまり払ってもらわないとな」    ガタガタ、ガタガタ  道がドンドン悪くなる。 「兄貴、まだっすか。こいつ、起きちまいますよ」 「ああ、もうすぐだ。ていうか、起きたところでもう一度眠らせてやれば良い」 「まあ、そうっすね」  徳男は、全く拘束されることもなく、ワゴン車に揺られていた。  よっぽど、あの「白い粉」が効いたのだろう。  小一時間ほど走ったところ。 「よし、着いたぞ」  パイモンがシフトレバーをパーキングに入れ、ハンドブレーキを引いた。 「まあ、何度来ても気味の悪いところっすね」  ウリエルが武者震いをした。  ここはどうやら、富士の樹海の様だった。  目の前に、床面積12畳ほどの丸太小屋が一件。  表札には何もない。 「あのオヤジたち。ここが富士更生院だとは夢にも思わねーだろうな」  実際、ホームページに掲げている写真とは全く違うのが、この丸太小屋なのだ。 「まあ、富士更生院ってのは、全くデタラメの施設なんだけどな。実態は、人間再処理工場なんだけどな。まあ、まともな人間に生まれ変われるかどうかなんて、オレの知ったこっちゃねーけどな」  パイモンがそう言った。 「だな。オレ達の様な魔族でも、『あの方』の本当のお姿は見たことないし、ここに運び込んだ人間の行く末なんて、知りようもないからな」  3人は、相変らずぐっすりと眠っている徳男を引きずり出し、小屋の中に運び込んだ。 「……たく、このデブ。自堕落にブヨブヨと太りやがって」 「どうしたら、こう怠惰になれるんだろうな。魔族の方がよっぽど働きモンだわ」  思い付くだけの罵詈雑言を浴びせられながら、徳男は引きずられて行った。  ギィと錆び付いた音を立てながら、小屋の木戸が開いた。 中は、ガランとしていた。 ベッドが一床、机と椅子が一対。洗面所とトイレがある。さらには、薪ストーブと薪で炊く巨大な石窯があった。恐らく、大人一人が入れるであろう。 簡素な作り、簡易宿泊所とか、山小屋の様な感じだった。 「おい、デブ、起きろ!」  パイモンが、徳男を椅子に座らせて額にデコピンをした。 「あ、ああ……。もう大阪か……。焼肉……」  寝ぼけた徳男が、そう呟くと、下級魔族3人は爆笑した。 「あはははは、この馬鹿、寝ぼけてやがる。何が焼肉だ、何が大阪だ。ここは地獄の入り口だぜ!」  魔族が笑い転げると、ようやく徳男ははっきりと意識を取り戻した。 「な、なんだ、ここは、どこだ? だ、誰だ?」  徳男が動揺して、小屋の中をキョロキョロと見回すと、パイモンが口角を吊り上げ、ヘラヘラと笑いながら、徳男の額を人差し指で小突いた。 「誰だ、じゃねーよ。どこだ、じゃねーし。このポンコツがぁ。地獄の入り口だって言っただろ? お前、捨てられたんだよ。両親に!」  唾を飛ばすが如くの勢いで、徳男に浴びせ掛けた。  徳男は、生まれたての小鹿の様に、プルプルと顔を振るわせ、真冬の星の様に目をパチクリとさせていた。 「へ? 捨てられた? そ、そういえば、オヤジ、ママは?」 「ぎゃははははー! ママはだってよー! こいつ、真正のクズ、正真正銘のポンコツだぜ!」  ウリエルが大爆笑した。 「ど、どこなんだよ、ここは!」  徳男は背筋を伸ばして叫んだ。  魔族3人が取り囲んで、この哀れなニートをジっと睨んでいる。 「どこって。どこだっていいだろ。どうせお前はココからは出られない。それに、お前の将来はオレ達に託されたんだからな」  ワリエルが、そう言って徳男の肩を掴んでにやけた。  すると、パイモンが割って入り、首を振った。 「チッチッチ。正確に言うとな、『あの方』が、お前の運命を決めるんだ。オレ達はただの運び屋。要は、お前は売られたんだよ……。いや、違う。オレ達が金をもらって引き取ったから、お前は有償で処分されたんだよ!」  少しずつ、徳男も状況が飲み込めてきた。  要するに、自分が捨てられて、この怖くてヤバそうな人たちが、自分の運命を握っているということ。 「そ、そんな……。ママがオレを捨てるなんて、あり得ない……」  徳男は、母澄子が自分を溺愛していることを知っていた。だから、捨てることなど考えたことがなかったのだ。 「それがな、あり得たんだよ。お前、10年も親の脛かじってダラダラしてたらしいな。両親が愛想付かせてお前を捨てたんだよ。それ、人間の言葉で、自業自得って言うの?」 「に、人間の言葉? それはどういう……」  徳男は、オドオドしながらも、言葉を何とか発していた。 「あー、めんどくせー。どうせ処分されるんだから教えてやるよ。オレ達は魔族なんだよ。普段は、人間の姿を借りて、お前みたいなゴミを処分してるって訳さ」  まるで中二病の様なワードが出てきて、少し徳男は息を吹き返した。 「ま、魔族って本当にいたんだ……。凄いな」  意外な反応に、パイモンは「ケケケ」とせせら笑った。 「おう、意外に普通の反応じゃねえか。さ、オレ達はお前みたいに有限の時間を無駄に過ごしちゃいない。ここいらで、おさらばするぜ」 そう吐き捨てて、背を向けた。 「ちょ、待って……」  立ち去ろうとするワリエルのズボンを、徳男が掴んだ。  それが、元々素行の悪いワリエルの逆鱗に触れた。 「ち、てめーっ、何すんだ!」  バキッ 「ぎゃあっ」  革靴を履いたワリエルの爪先蹴りが、見事に徳男の顎に決まった。  ドボ、ドボドボドボ  鼻の奥の血管が切れたのか。  鼻血が、滝の様にあふれ出した。 「い、痛い、痛いよう」  徳男は鼻を押さえてうずくまった。  ワリエルは、先ほどまでのニヤケ顔から、打って変わって凶悪かつ狂暴な悪魔の形相に変化していた。 「いてーだ? これが? この程度が? 笑わせるな、クズ!」  ボゴッ 「ぎゃあああああああ、し、死ぬ、死んじゃう!」  芋虫の様に這い蹲る徳男の肥大した腹に、ワリエルの強烈な回し蹴りが見事に突き刺さった。 「おい、ワリ。その辺でやめとけ。どうせこいつは放って置いても『あの方』に処分されるんだ。オレ達が、手を出して汚くよごす必要はない」  ワリエルの怒りが常軌を逸していたと感じたのか、パイモンは逆に冷静になって、それを止めた。 「あ、ああ。そうだな。オレ様の綺麗な靴が、コイツの汚い脂で汚れちまったぜ」 「時間の無駄だ。行くぞ!」  3人は、うめき声を上げ続ける徳男を無視して、その場をあとにした。 「……全く。最近増えたな、こういう役立たずの人間どもが」
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