第7章 母を訪ねて三千里?

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第7章 母を訪ねて三千里?

 それから間もなく。  徳男は気を失った。  なぜかは分からない。  空腹で気力を失ったのか、それとも独りぼっちで取り残されて絶望したのか。 「……ママ」  うわ言の様に、時折、ママという単語が、口元からこぼれた。 「肉……」  最後の食事をとってから、丸一日以上経過しただろう。 「うう、夢じゃない。夢じゃねえんだ」  朦朧とした意識の中、徳男はフラフラと立ち上がった。  ゴト、ゴトゴト  天上から、何か音がしている。 「ああ?」  徳男は天井を見た。隅に、四角い木枠があった。 「なんだ、ネズミでもいるのか。天井にいけるらしいな」  ゴト、ゴトゴト 「……いいなあ、ネズミは。どんな事があっても生きていけるからな」   そんなことを考えることしかできなかった。  今の自分に、何か目的がある訳ではない。  できることは、ただ一つ。 「……帰る。って、スマホが……」  唯一の頼りであるスマートフォンは、いつの間にか没収されている。  通信手段もなく、地図もない。  自由の身であるとはいえ、遭難したとしか言いようがない。 「ああ、そういえば、『あの方』って、誰のことだ」  ふと、自分をここに置き去りにした憎き3人の言葉を思い出した。 「あの方に、処分されるって言ってた気が……。しかし、ここには誰もいない」  ぞわ、ぞわわわわ  ふと、背筋に悪寒が走った。 「な、何かよく分からんが、化物が来るのか? そしたら、オレ食われるのか? まあ、オレは無敵なんで、余裕だけどな」  発想がアニメとか漫画なので、その程度のことしか思い浮かばないのが、徳男のクオリティなのだ。しかも、脳内最強と来ているから、クリーチャーと遭遇した時にも、素手で挑みかねない。 「とはいえ。寝込みを襲われたらやべえからな、早く逃げねえと」  急に、徳男は焦り出した。  ほぼ丸一日ぶりに、ドアを開けて外に出た。   そして、即座に絶望した。 乾いた鋭い風が、徳男の汚れと脂でまみれた顔を撫でるように通り過ぎて行った。 「……樹海って、マジか。迷宮やんけ」  樹海は、手つかずの自然が残る原生林の森と称される。。  自分の背丈の何倍もの木々が生い茂り、わずか5メートル先すら見通せぬ無限の巨木の群れ。 コンパスすら方向を指すのを拒否するというこの広大な樹海という名の迷宮。 「これ、間違いなく死ぬよな。ていうか、どっち行けばいいんだ……」  途方に暮れるとは、この事だ。  いや、絶望したという言葉の方が適当かもしれない。 「オレ、死んだ。間違いなく、死んだ。ていうか、どっちみち死ぬ」  徳男に、料理のスキルや知識があれば、しばらくは生き延びただろう。  しかし、生肉を食う勇気も、生野菜を食う習性も、徳男には全くなかった。  いずれにせよ、仮に料理のスキルがあったとしても、ほんの数週間、死ぬ日が伸びるだけのことだろうと、徳男は鼻で笑って、そっとドアを閉じた。  覚悟を決めたのだ。 「ああ、そう言えばオレ、まだ童貞だったわ。女って、良いもんなんだろうなぁ。一度でも良いから、女を抱いてみたかったな」  34歳、無職、童貞。 デブでハゲ散らかした負け組、社会のお荷物。  何も成し遂げず、汚点だけを残して、どこか分からぬ樹海の奥で孤独死をするのだ。 「……生まれて来なきゃ良かった」  急に弱気になって涙が、自然と流れた。 「いや、オレが死んで、社会のお荷物がいなくなるから、最後に良いことができるな」  それから、何も考えられなくなった。というより、考えるのをやめた。  ただひたすらに、言葉には出せぬ怒りと悲しみと、しても仕切れぬ後悔と自虐の念。そう言った複雑な感情だけが渦巻いて、それは言葉という形にはならなかった。  
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