第8章 冒険と遭難

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第8章 冒険と遭難

 目が覚めた。 「オレ、まだ生きてる……」  徳男は、死ななかった。当り前だが、空腹ぐらいで死ぬことはない。  食べる物はあるのだ。  ただ、その食べ方を知らないだけ。  腹が減り過ぎて、目が覚めた。 「飢え死にって、相当辛いらしいよな……。てか、このまま飢え死にするのを待つのか……」  空腹に加え、やることがない。  このままでは死を迎えるのは分かり切っているのだが、暇なのだ。 「そういえば、遭難しても迷わない方法があるって、ネットで見たな」  ロープを体に結び付けて、それをこの小屋のどこかに結んでおいて、樹海の中に出れば、取りあえずは戻って来れる。 「……どうせ死ぬんだ。樹海で死んだらどうなるのか、見て来るか」  徳男は知っている。  樹海が、自殺の名所であるということを。  怖い物見たさという意味もあった。 「ロープ……。そういえば、虎模様のロープがあったような」  徳男は、小屋にあった雑貨の中から虎模様のロープを取り出した。 「ちょっとホコリ被って汚い気がするけど、仕方ない」  ロープは意外に長かった。 それを外れないようにドアのノブにグルグル巻きにして、徳男は「樹海」という名の巨大な迷宮に飛び出すことにした。 「どうせ何もないだろうけど。どっちみち死ぬ以外の道は残されてないからな……」   ギィ  木々のスキマから、太陽の光が鋭く徳男の網膜に差し込んできた。 「うわ……。ま、まぶしい」  時計がない。もはや、何時なのか分からない。太陽の角度からして、恐らく正午ごろだろう。 「と、取りあえず前方向に進むか」   ザッ    一歩踏み出すと、意外に足元がふかふかした。 「ん? コケか?」  樹海は、多種多様な生物や植物の宝庫なのだ。  ぶぅん 「う、うわっ。な、なんだ?」  まるでそれは、白亜紀だかジュラ紀に出て来たような巨大なトンボだった。 「は? こんなもんが飛んでんのかよ。樹海スゲーな」  少し、「好奇心」という名の行動力が湧いてきた。  それは、徳男を前進させるのに十分な動機だった。 「へぇ、これはキノコか。食ったら死ぬんだろうな。腹が減り過ぎて、死にたくなったらこのキノコ食ってみるか」  そう思いつつ、歩みを進めた。    どれだけ歩いたのか。  感じた事のない好奇心が、徳男を樹海の奥へ奥へと進ませている。  見たことのない風景、生物。  そして、意外に多いゴミと、ヒモ。 「……この布。絶対、首吊ったヤツだわ」  眼の前の巨木は、明らかに他の木々とは違った。  大木は、直径3メートルほどもあった。1000年も生き続けている様な巨木で、どんな嵐が来ようとも倒れそうにない。  その太い幹から生えるゴリラの腕ほどの枝に、布製の細いヒモが切れてぶら下がっていた。状況的に首吊り用と思われるが、不思議なことに死体がない。 「腐って、獣にでも食われて、四散したのか? しかし、まだ新しい気もするな」  ヒモは、100円均一店で売っている様な安価なものっぽかった。  人間の自重に耐えられず、切れたのだろうか。気になって、切り口を見てみた。 「ん? 切り口がキレイだ……。ひょっとして、死にきれずに自分で切ったとかか?」  うーむと、一瞬考えたが、考えたところでどうにもならないことに気付き、先に進むことにした。 「しかし、自殺するヤツなんて、死んで地獄に行くんだろ? ぜってーイヤだわ」  そもそも、生きることの意味とか、生きるために働くと言う事を、34年の長い間い、全く考えたことがないのだが、不思議と、自殺するという考えは全くなかった。  にもかかわらず、自分が野垂れ死ぬ運命であることも忘れて、他人の運命を俯瞰してみたりした。  その好奇心が、時間を忘れさせた。  次第に、辺りが暗くなってきた。  樹海の夜は早い。  その時、この世間知らずのヒキニートは、ある重要なことを思い出した。 「あれ? あの虎模様のロープ、こんなに長かったっけ?」  急に、猛烈な不安に陥った。  思わず、そのロープを引っ張ってみた。 「て、手ごたえがない」  それの意味をするものは。 「い、いや、まだ全部伸び切ってないんだ」  焦る気持ちを押し殺して、徳男はロープの方に戻ることにした。 「真っすぐ歩いてきたはずだから、この方向で良いはずだ……」  ところが、ロープはある木を境に、90度曲がっていた。 「あ、あれ? おかしい」  無意識のうちに、何かを追い掛けて方向を変えてしまったのかと思った。  それゆえ、さらにロープを手繰っていった。  ところが、その先には絶望が待っていた。 「き、切れてやがる」  鋭利な刃物で切られた形跡があった。 工事用のロープだ。自然の力で容易に切れるとは考えられない。  そして、その切れた場所は、円形に木が生えておらず、その真ん中に小さな膝ほどの高さの古ぼけた鳥居があった。 「だ、誰かが、誰かが切ったんか? ていうか、何だ、あの薄気味悪い鳥居は」  見知らぬ人間の存在に恐怖するとともに、もしかしたら、助けてもらえるかもという、謎の期待感が湧き上がった。 「くっそ、完全に迷っちまった……。ていうか、鳥居があるってことは、誰かが来るってことか? ここで待ってれば、ワンチャン助かるのか?」  というより、もはや動く気力がなかった。  徳男は、力なくへたり込んだ。 「てか、ここがオレの墓場か。鳥居があるけど、墓標じゃないんだな……。」
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