第9章 神か、悪魔か

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第9章 神か、悪魔か

 ぼんやりと座って、小さな古ぼけた鳥居を眺めていた。 「体操座りとか、小学校以来だな。あの頃は、楽しかったな」  死を間近に感じているせいか、過去が思い出された。  ぐぅーーー 「ああ、もう何日もメシ食ってねえ。そろそろ餓死だな」  小屋の中にさえいれば、水ぐらいは飲むことができた。しかし、ここにあるのは目の前の小さな鳥居だけだ。  あたりが、さらに暗くなってきた。  キィーッ、キッキッキ……  どこからか、獣なのか鳥類なのか、夜を告げる鳴き声が聞こえてきた。 「ああ、餓死の前に獣に食われるという選択肢もアリか」  途中に見た、首つりの跡を思い出していた。  空腹と絶望感と、このどうしようもない巨大な迷宮での無力感。  諦めざるを得ない。 「ま、こんなショーもない神様にお願いしてもしょうがねえし。ていうか、こんな役立たずの神様、オレが駆逐してやる!」  そう言って立ち上がり、その小さな鳥居を蹴り飛ばそうとした、その時。 ―愚かな人間に、天罰を与えよう。  ピカッ  薄暗い樹海が、一瞬だけ一筋の稲光と共に真昼の様に明るくなった。 「うぎゃあああ」  そのブヨブヨとした脂肪の塊である頭のてっぺんから爪先に掛けて、稲妻が駆け抜けた。 「ぎゃああ、い、痛い、熱い、痛い、熱いし、痛いし、死ぬ、死んじゃう……」  徳男は、膝から崩れ落ち、両手をついて四つん這いになった。 「な、なんだ、こんな、雷がオレを、殺すのか。餓死でも、食われて死ぬのでもなく、感電死って……」  涙が、とめどもなくこぼれて、地面をおびただしく濡らした。 ―死なぬ程度にはしてある。顔を上げよ。  また再び、どこからか声が聞こえてきた。 「え? 誰だ?」  眼の前の鳥居が急に大きくなって、その中から眩いばかりの光を放っている。  どうやら、声の主は、その光の中にいるらしい。 ―余が、あの魔族どもから、そちの生殺与奪権を買い取ったのだ。  その時、徳男は思い出した。 「は? ああ、あんたが『あの方』っていうヤツ?」 ―口の利き方に気を付けるが良い。そちを、今すぐ首だけを切り離して宇宙空間に放り出し、永遠の苦しみを与えることもできるのだ。 「は、はあ。それはヤメてほしっすね」  次第に、徳男は目が慣れてきた。  光の中に「ひとがた」の何らかの姿が、ぼんやりと揺らいで見えた。  目の前にいる光り輝く中にいる神々し存在。  それは、神なのか悪魔なのか。  この際、それがどちらかはどうでもいい。 「あの、おまえ様は、オレ……。いや、僕をどうするつもりですか? このまま、雷で殺してくれてもいいんですが。どのみち、死ぬしかないって感じなんで」 ―死を選ぶのは自由だが、お前はその場合の転生先を知って、その様な事を言うのか? 「いや知らないですけど。まあ、両親に捨てられ、暴力を振るわれ、食い物もないんで。しかも、働いたこともないし、帰ることもできないんで、このまま死ぬしかないって。まあ、どうせ生まれ変わってもニートするんで、何に生まれ変わっても良いです」 ―ほう。では、死を選ぶが良い。ただ、転生先は「サナダムシ」だ。 「は? サナダムシ? サナダムシ……? それって確か」 ―左様、寄生虫だ。今のお前にぴったりではないか。 「はあ? 冗談はおよしくださいっすわ。親に寄生しているからって、本物の寄生虫になれって? あんた、神のくせに、冗談キツイなあ」 ―余は神ではない。光の存在、「ライトマン」である。それに、その様な冗談は言わぬ。サナダムシがイヤならば、余の下僕となって、働くが良い。 「下僕っすか。下僕……。うーん、サナダムシよりは、下僕の方がマシかなぁ」 ―よかろう。余は魔族から、お前が「無敵の人」であることを聞いている。それゆえに、魔族から買い取ったのだ。 「あ、知ってました? オレ、実はスゲーんすよ。マジ、世界最強、無敵の人なんすよ。つまりぃ、『てっぺん』ってヤツ? 極めちゃってるんすよ」  徳男のドヤ顔は、とにかく見るモノを苛立たせる才能を持っている。 ―知っておる。余が、そちの存在を引き取ったのは、「無敵の存在」であると聞いたからだ。それに、その体から自然と放出される、どす黒く陰惨で卑しいオーラが、余が下す使命にこの上なく合致しているのだ。  ぽかーん  徳男は、口をぽっかりと開けて、ぼんやり聞いていた。 「どす黒く汚いとかは余計だけどさ、まあ、オレが『無敵の人』だってこと、よく分かってるじゃん。しょうがねえな、ちょっとだけ話聞いてあげようかな」 ―余は、人間の世界では自由に動けぬ。そこで、そちには「光の一族」の裏切者である「5人の逃亡者」を見付けて、ここに連れて来るのだ。生死は問わぬ。 「光の一族の裏切者? 逃亡者? 何すか、そりゃ」 ―光の一族から生まれた万物を構成する5つの要素の力を持った存在だ。それぞれが、この世を構成する5つの元素「木」「火」「土」「金」「水」、「もっかどごんすい」というそれぞれの属性に応じた「チカラ」を使う。 「はぁ、光の一族のくせにねぇ。光のチカラ使わないとかワロタわ。つーか、RPGの設定みたいっすね。これ、ゲームすか?」  そもそも、ロールプレイングゲームの設定が、古代中国の陰陽五行説に基づく五行相克に基づいて作られているということまでは、この引き籠りニートが知る由もなかった。 ―その様なことは知らん。よって、そのチカラを封じ込め、文字通り闇に葬るのは、光に唯一対抗し得る「闇のチカラ」を持つものでなければならん。 「それが、オレってこと?」 ―左様。そちは性根から真っ黒に腐っておる。これ以上の腐り様がないほどの腐敗臭を放ち、怠惰で生産性がなく、本来は存在する価値もないのだが、その腐り切った負のエネルギーが、逆に光の一族に唯一対抗できるのだ。  光の存在は、言葉を尽くして徳男がどうしようもないブラックな存在であると告げた。 「いや、なんか褒められてるんだか、ディスられてるんだか。ま、そもそも光とか闇のチカラとか、よく分からんけど。サナダムシにならずに済んで、この状況から脱出できるなら、しょうがないからやりますわ」 ―しょうがない……とな。まあ、良いわ。お前の使命は、この5人を見つけ出し、余の元に連れて来ることである。生死は問わない。デッドorアライブってやつ? 「デッドorアライブって、冗談言ってるのはアンタだろ! この者たちって、一体誰を連れてくりゃ良いんだ? もし、あんたが言うように、暗黒エネルギーとやらがオレに充満してるとしても、生身の身体じゃ、ここから抜け出すことも出来ねえぞ!」  徳男は光の存在をじぃーっと睨み付けた。  むろん、徳男はリアルのストリートファイトなどやったことはない。しかし、脳内最強の無敵の人であるため、リアルでも戦えば勝てるとは言わないまでも、良い勝負ができるという根拠のない自信を持っていた。   ―憂うるに及ばず。余が、お前のその「闇のチカラ」を解放し、しかも大幅に増幅してやろう。これを見よ。  鳥居の中から、人型が一体。それは人間がすっぽり収まる様な鉄製の「棺桶」が現れた。その外観は、中世ヨーロッパの意匠を思い起こさせるような無表情な顔に、胴体がボウリングのピンの様な形状をしていた。 「これ、なんか拷問の道具で見た事ある気がするな。確か、アイアン・メイデンとか言うヤツじゃ? これに、その5人を連れてきてぶち込めと?」  アイアン・メイデン-。  別名「鉄の処女」。中世ヨーロッパで流行したという拷問の道具である。  徳男は、この手の豆知識をふんだんに持っていた。引き籠りニートがゆえに、様々な動画をぼんやりと見て得た知識だった。 ―いや。入るのは、お前だ、ポンコツ。 「は? な、何それ? てか、ポンコツって言うなよ。あんた、言ってることとやってることが全然違うやん! オレを処刑するのかよ!」  それが、オレが「人間だった時」の最後の記憶になった。
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