第15章 硬質化と火葬

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第15章 硬質化と火葬

 ガンッ (オレ、死んだ……)  包丁が、脳天に直撃した。 (なんだ、結局死ぬんじゃないか……。いや、待てよ)  包丁は、頭蓋骨を割ることなく、脳天に当たって止まっていた。 「ちぃっ、こいつ。硬質化してやがるぜ」  徳男は驚いて、頭頂部を撫でてみた。 「い、いてえけど、切れてなーい」  コダマは、振り下ろした包丁を手にして眺めていた。 「そうか、そう言えばそうだったな。夜は、お前たちにとってのホームだったな。ならば、チカラを使うしかない」  徳男は、コダマの言う事が理解できなかった。夜がホームとは、どういう事だと疑問に思わざるを得ない。 「ちょ、ちょっと待って。オレ、今の状況が全然飲み込めてないし、あんたを殺すとか、そういうので来たんじゃないから、ね、戦う必要ないでしょ」  精いっぱいの言い訳と、時間稼ぎをしてみた。 「ああ、そうだな。戦う必要なんてないな。このまま、オレが木のチカラでお前をぶち殺すだけだからな」 「い、いや。お断りします! じゃ、お疲れした!」 「逃がすか! 出でよ、ドリアード!」  地面から、無数の木の尖端が飛び出てきて、徳男の行く手を阻んだ。 「こ、これが木のチカラか。だけど、オレさっき気付いたんだけどな……。ケケケ」  徳男は内心、余裕を持っていた。 「硬質化してるから、木の枝なんて通用しないと思っただろ。しかぁし! 甘い、甘いぞ。人工甘味料アスパルテームより甘いぞ!」  ガンッ 「そ、そう来たか……。硬質化しても、痛いしダメージは受けるんだ、な」  徳男は、背後から強烈な打撃を受け、そのまま気を失った。 「ハハハ……。愚かなヤツ。たかだか『レギオス』になったぐらいで、この木のチカラ・コダマ様に勝てると思うたか!」  どれぐらいの時間が経ったのか。 (いや、何か暑いな。いや、熱い、熱いぞ!)  目の前には煉瓦、そして自分の体の周りに炎が燃え盛っていた。 「な、なんじゃこりゃ!」  徳男は、小屋の中の石窯に放り込まれて、生きたまま火葬されていた。 「ま、まじか! ヤベー、このままだと、マジで焼け死ぬじゃねーかよ!」  まだ、硬質化の影響があるせいか、体自体は燃えてはいない。  だが、このままでは蒸し焼きになって息絶えるだろう。 「オレはピザデブだけど、ピザみたいに焼かれたくねえ! くっそ、マジあいつ。許せねえ、許せねえ!」  徳男はこんな状況でもくだらない冗談を思い出しながら、あることを思い出した。 「そうだ。憎悪だ。憎悪のパワーだ!」  窮鼠猫を嚙む、というのだろうか。徳男はコダマへの怒りを意図的に増幅させた。2次元の世界に生きているせいか、妄想というか自分の気持ちをコントロールすつことに、徳男は慣れていた。 「憎い、あいつが憎い。ぶち殺す!」  憎悪のエネルギーこそが、この黒タイツの肉体から発することのできる「闇のチカラ」なのだ。  次第に、全身にパワーがみなぎってくるのを感じた。 「と、取りあえず、この石窯を破壊だ。コダマ、ぶっ殺してやる!」  怒りと憎しみのエネルギーを、右拳に集中させ、煉瓦にブチ込んだ。  バゴッ 「や、やった!」  煉瓦に穴が開いた。 「よし、ここから脱出だ。だいぶ、この体の使い方が分かってきたぞ」  徳男は憎しみのエネルギーを体中に充満させながら、その力を両手に集中させて天井の煉瓦を破壊した。 「空間ができた! 立てるぞ」  立ち上がった。徳男は煉瓦を破壊しながら、上へ上へと登って行った。 「お? この壁、薄いぞ」  バコッ  目の前に、空間が開けた。 「ぷはー、さすがにここまでは炎も来ないな。ってか、ここは屋根裏部屋か?」  よっこいしょとばかりに、徳男は這い上がった。   その時。 (んー、んー、んー)  誰かが、いる気配がした。 「あ? こんなところに、人が?」  暗闇でも目視ができるのが、タイツマンになった徳男の特長なのだ。  天井裏は、四つん這いで動ける位の空間しかなかった。  徳男は、天井に頭をぶつけながら、その声の主のところに近づいていった。 「え? 女? 女が、何でこんなところに?」  手足を縛られ、猿轡を嵌められた若い女が、まるで芋虫の様に横たわって、悶えていた。 「お、おいおい、こりゃ犯罪じゃねぇか。ていうか、あいつの存在自体が犯罪か」  コダマに殺され掛けたことを、徳男は思い出していた。 「待ってろ、いま、助けてやるからな」  徳男は、取りあえず猿轡を「ブチっ」とちぎってやった。 「ぷはーーーーー、苦しかった。ていうか、危うく肉になるところだったわ……」 「うわ、しゃべった」  女は、20歳過ぎぐらいに見えた。黒いズボンに黒い長そでシャツ。どっちもどっちのレベルで、全身を黒で統一していた。 「しゃべるわよ。ていうか、あなたの方こそ、何者?」 「何者って。タイツマンだけど……。いや、レギオスとか言ってたな、あのコダマってヤツ」  女は、目をパチクリさせながら、徳男の全身を舐め回すように見た。 「タイツマン? コダマ? コダマって、あいつ?」 「あいつって、知ってるのか? あのアフロ頭のヤツ」 「知ってるも何も。私、樹海で死のうと思って、首にヒモを掛けたところ、あいつに捕まったのよ」  徳男は思い出した。  あの黒竜江砲を試したあの巨木に引っ掛かっていたヒモを吊るしたのが、どうやらこの女らしい。 「んじゃ、別に肉になっても良くねえ?」  とんでもない失礼なことを、徳男はほざいた。 「はぁ? 誰が生きたまま肉にされて、食べられたいっていうのよ!」 「え? 生きたまま肉に? マジで?」  徳男は、女の手足の拘束を引きちぎってやって、自由にさせてやった。 「とりあえず、ありがとうって言うわ。どうせ死ぬつもりだったけど、殺されるのはイヤなの!」  結果は同じじゃないかと、徳男は思った。  女は、自分の事を話し始めた。  明美の説明によると、どうやら、あのコダマという逃亡犯は、この樹海の中で生活し、自殺しようとしに来た人間を捕まえて、その肉を食らっているという。  その中には、自殺して果てた死体に肉もあったという。 「はぁ? マジか? それ、マジで言ってんの? 何でそれ、問題にならねえの?」 「なる訳ないでしょ。だって、この樹海に来る人たちって、みんな私と同じ人たちばかりでしょ? 永遠に見つからないって思われてる。死体だって、誰も探しに来ないもの。この日本で、一年間にどれだけの人が行方不明になって、そのまま永遠に見つからないって知ってるの?」  女は畳み掛けるように徳男に言い続けた。 「いや、知らないけど。てか、オレずっとニートだったから」 「は? あんたニートのくせに、何で今タイツマンなのよ。てか、あんた名前は?」  若い女に、名前を尋ねられて、徳男は一瞬、胸が熱くなるのを感じた。 (は、はじめてだ。女子に名前を聞かれた! 名前を聞かれるっていうことは、興味を持ってくれてるってことだよな?)  顔が赤くなるという感じも、この時が初めてだったが、表情もなく顔も漆黒であるため、女にその変化が伝わることはなかった。 「えっと、徳……」  言い掛けて、何だか恥ずかしくなって、思わず偽名を伝えた。 「ロ、ロデム。ロデムだよ」 「は? ロデム? 何それ? あんた、日本人じゃないの?」 「い、いや。元は日本人だけど、今はその、なんていうか、違うって言うか」  徳男はモジモジした。 「私は明美。まあいいわ、そのタイツを取って顔見せてよ。しゃべりにくいじゃん」  そう言って、明美は徳男の顔を引っ張った。 「いた、いたた」 「え? 何これ? 皮膚? タイツじゃ、ないの?」 「あ、ああ。これ、皮膚なんだ」 「は、はぁ? こんな真っ黒な皮膚、ないでしょうが!」 「いや、カクカクシカジカ」 「ふうーんって。理解できるわけないでしょ!」  徳男は、自分も分からないものの、事実だけをかいつまんで説明した。 「と言う事なんだよ。信じられないと思うけど」  明美は、唇を突き出して、「ふうん」と言うだけだった。
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