第28章 夕陽が目に染みる

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第28章 夕陽が目に染みる

 ぼんやりと、木のてっぺんから西の方を眺めていた。 「ああ、夕陽が目に染みるぜ……」  徳男の口元のない口から、そんな言葉がポロリと漏れ出てきた。  気が付くと、泣いていた。  いや、正確に言うと、目がないから、泣いている気がしただけなのだが。 「樹海に捨てられて、4日? 5日? 今日がいつなのか分からないけど」  10年間、外に出ると言う事がなかった。  最初は、一時的なことだと思っていた。再就職先はすぐに見つかり、そこで働いて、職場恋愛をして、結婚して、一男一女が生まれて、孫を両親に見せて、正月とお盆には家族が集まって笑顔になる―。  そんな将来を描いていた。  ところが、世間はそんなに甘くなかった。  逃げるように会社を辞めた徳男の精神は、目に見えない亡霊に脅かされて、萎縮していた。  送る履歴書も、ほぼ送り返されてきた。 「それから、オレは存在自体を否定された気がして、社会が恐くなったんだ」  今こうして、全身を真っ黒に染め上げられ、顔や体型すら全て強制的に変化させらた状態で、あらゆるものがいったんリセットされた様な気がしていた。 「こうして、夕陽を見る日が来るとは思わなかったな」  そうして、自分の世界に浸っている時。  ドン、ドン。ゆさ、ゆさゆさ  突然、木が揺れ始めた。 「な、なんだ? 地震か?」 ―ゴルァ、ロデム! あんたいつまでボーっとしてんのよ! いつまで待たせる気!  ドンドンドン、ドンドンドン  明美が、下で木に蹴りを入れていた。 「ちょちょちょ、や、やめ……れ」  その瞬間、徳男はバランスを崩して、十数メートル下目掛けて、高速で落下した。 「そ、そうだ、キャット空中三回転!」  徳男は、古いアニメの有名なセリフを思い出して、空中でバランスを取り戻して、着地しようとした。  だが。    ドサッ 「い、いてて……」  徳男は背中から落ちた。  樹海の地面は、そこそこ苔に覆われていたりするが、なかなか地面は硬い。 「ちょっとあんた、大丈夫?」  背中を押さえて暗くなりつつある樹海の闇を見詰めている徳男の顔を、明美が覗き込んだ。 「ああ、ちょっと痛いけど大丈夫だよ。この黒タイツのお陰だと思う」  黒タイツは、恐らくだが強化スーツの様な役割を果たしているのだろうと、徳男は推測した。 「へぇ……。なんかよく分からないけど、あんたのこれ、タイツじゃないんでしょ?」  そう言いつつ、明美は横っ腹の皮膚を引っ張った。 「い、いたい痛い。引っ張らないでよ」 「え? これ、あんたの皮膚と一体化してんの?」  外皮が仮にスーツならば、引っ張っても痛くはないはずだ。 「あ、ああ。そうみたいだね、オレも今気づいたけど。そういえば、昔、そんなアニメあったな。苦しみながら、パワーアップするなんとかっていう、テッカマンか」  徳男は思い出していた。そして、それに自分を重ね合わせていた。 「鉄火巻き? 急に何を言うのよ」 「いや、テッカマンだよ。ずっと昔のアニメ。YouTubeで見た気がする」 「ふうん。何でも良いわ。もうすぐ夜よ。早く行こうよ。寒くなってきたしさ。で、行く先分かったの?」  樹海の夜は、外界に比べて気温が低い。明美も、強がってはいるが、空腹の上に疲れ切っている。 「あ、ああ。富士吉田市の方向に、光の筋が見えたから、あっちだと思う」 「了解。じゃあさ、あんた乗せてってよ。私、もう疲れちゃった。眠いし」 「乗せてってって? どういうこと?」  徳男は、こういう時に、言葉をストレートにしか解釈できない。 「もう、鈍いわね。おんぶしてってッてことよ!」
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