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第31章 炎上、富士吉田市
それは、地上に現れた本当の地獄の光景と言っても過言ではなかった。
「ね、ねえ。あれどういうことなの?」
「どう言う事って言われても。オレが知りたいぐらいだよ」
2人が燃え盛る富士吉田市を呆然と見つめていると、黒い塊が多数、近付いてきた。
「な、何あれ? ちょ、変なの来たわよ。ねえ、何とかしてよ!」
「な、何とかしてよと言われても」
その闇のチカラが解放されたとはいえ、もとは引き籠りのニートである。
トラブルや非常時に対応できるほどの能力が備わっている訳でもないし、困難に立ち向かうほどの胆力を備えている訳でも何でもない。
そうこうしているうちに、黒い塊が迫ってきた。
「助けてーーーーー!」
「街が、街が火の海だ!」
それは、黒焦げになりながら逃げ惑う人の群れだった。
「ねえ、どうしたの? 何で町が燃えてるのよ!?」
中年の女性に声を掛けたのは明美だった。
女性は裸足だった。それに、灰やら火の粉を浴びたのか、顔も手足も煤で汚れていた。
「ママ、ねえ、ママ。ぼくたち、死んじゃうの?」
小学生らしい子供が、母親の袖を掴んで半べそをかいていた。
息を切らせながら、母親が明美に訴えた。
「と、突然のことで、逃げるのがやっとで。市役所のあたりで急に、火柱が上がって。ま、まだ一人、子供が取り残されていて」
その悲痛な訴えを聞いた明美は、徳男を肘で突っついた。
「あんたさ、助けてきてよ」
突然の無茶ブリに、徳男はパニクった。
「は? え? なんでオレが」
バキッ
明美の鋭い右ストレートが、徳男の真っ黒い顔面に決まった。
「い……痛くないけど、痛いよ」
黒タイツのお陰か、多少殴られても全く痛みも感じなくなっている。
「あんたさ、それでも男なの!? 目の前で、子どもとお母さんが泣いてるのよ!」
明美は、なぜか半べそをかいて徳男に迫った。
「そ、それはそうだけど。あんな火の海の中に飛び込んだら、オレだって死んじまうし」
「は? あんた、仕事もせず引き籠って、ゲームばっかりやってたんでしょ?」
「そ、そうだけどさ。そりゃ、社会が悪いし、親が勝手に生んだんだし……」
ボコ、ボコッ
明美の左右の連打が、徳男のボディに突き刺さった。
「全く……。社会が悪い、親のせいだって。どの口が言うのよ!」
明美はそう言いながら、のっぺらぼうの顔をガン見した。
だが、言うまでもなくその口はおろか、表情も一切ない。
「口はないんだけど……」
「はぁ? どうでも良いわよ、そんなこと! さっさと行きなさいよ!」
ガンッ
明美は、徳男の背中を蹴り飛ばした。
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