第32章 ムラ・カズホ

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第32章 ムラ・カズホ

 と、そこへ人影が。 「ちょっと待ってください。あの中に入るのは危険です。それに、何ですか、その格好は。黒のタイツなんて、燃えやすいじゃないですか」  見知らぬ若い男が、この二人の喧嘩に割って入った。  明美が、その顔を見ると、なかなかのイケメンだった。  長めの茶髪に涼しい目元。薄めの唇にピアスをした耳もとは、髪に隠れて見えなかった。 「燃えやすいって。これ地肌なんですけど」  徳男はイラっとしつつも、その真っ黒い顔を男に向けた。明美がニコニコとして男に返事をした。 「あ、あの。この人、ちょっとおかしくて。あの、服を買えるところってないですか?」 「服? そうは言っても、この有様じゃ。そうだ、ぼくのこの服を貸してあげますよ。逃げる時に持って来たんです」  そう言うと、男はニコニコと笑いながら、ボストンバッグの中から、ジーパンと長そでシャツを取り出した。  明美の顔が、パァと輝いた。 「い、良いんですか? ありがとうございます! ちょっと、あんたもお礼してよ」  だが、徳男は違和感を覚えた。 (こいつ、何で全然汚れてないんだ?)  だが、明美はなぜか嬉々として男としゃべり、なぜか自己紹介を始めた。 「私、明美って言います、アケミ・ワダ。あなたは?」  明美はなぜか、英語っぽく自己紹介した。 「あ、ぼくはムラといいます。武良一穂」 「カズホ・ムラさんね! カッコいい名前ね」  明美がそう言うと、ムラは目を細めた。 「そう、ですか。ありがとうございます。では、行きましょう」  徳男は、仲良さそうにするムラと明美に視線を泳がせつつ、さっきの母親を見た。 「じゃ、ついでに子供も探してくるんで。子供、何ていう名前ですか?」  母親は、「ついでに」と言われて、目を吊り上げた。
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