第1章 無敵の最強廃棄物、エンペラー徳男

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第1章 無敵の最強廃棄物、エンペラー徳男

「うひゃーーっはっはっはぁ! マジでオレ最強! こいつら雑魚過ぎワロタwwwwwww! オレは無敵、無敵の人だぁあああ!」  34歳引き籠りニート安納徳男、通称安徳は、オンライン格闘ゲーム「ストリート伝説」通称「スト伝」ではその名を知らぬ無敵の世界チャンピオンだった。徳男が使う「ケンジ」というキャラは、空手をベースにあらゆる格闘技を極めたという主人公キャラだった。  徳男は、ハンドルネーム「エンペラー」を名乗り、世界中の格闘ゲーム系のプレイヤーの中では知らぬものはいない存在だった。安納徳男という名前から、自分は壇ノ浦の戦いで海に沈んだ「安徳天皇」の生まれ変わりを自負、自らをエンペラーと名乗っていたのだ。  ところが、現実の徳男は、「子ども部屋」で10年間引き籠っているヒキニートだった。 「まあ、このハンドルネーム『ミンメイ』っていう女キャラ使う『タイチー』ってヤツだけは、辛うじて歯ごたえがあったけどな!」  このスト伝内で、「二強」と言われるのが、エンペラー・ケンジと、ミンメイ・タイチーという二人なのだ。   エンペラー VS ミンメイ  という頂上決戦は、投げ銭が飛び交うほどの好カードとして知られていた。  ただ、現実の徳男がやることといえば、低スペックな自分から現実逃避し、オンラインゲームの中で活躍をするしかないのだ。  一円の金にもならぬこの格闘ゲームで、自己満足の極致ともいえる世界一になるため、親の金を使い込んで高額課金。  チートしつつ異常なまでにキャラを強化し、まさしく10年間負けなしの「無敵の人」になったのだ。 「まあ、オレに勝てるヤツなんて、この世には存在しねえんだけどな。わははははー!」  ミンメイですら、徳男に勝ったのは初見のたったの一度きり。  それをバネにして、徳男はより一層、このゲームにのめり込んで、ついに負けなくなり「無敵の人」となった。  無敵の人となった徳男は、勝つたびにPCを前に爆笑していたが、家族からすれば、その姿はまさしく反吐が出そうになるほどのおぞましい光景なのだ。それはまるで、モンスターが死肉を貪るが如くの異様な光景だった。  そんな徳男は、無論のこと。  働く気などは一切ない。  文字通り寄生虫の様な生活と態度が、両親をいらだたせ、あらぬ気持ち、つまり殺意を抱かせるのは言うまでもない。 「やっぱオレ、最強。色んな意味でも無敵の人だわ」  今日も、この自己満足の上に、他人をバカにしたような異常にでかい笑い声が、冷え切った家庭の階下に響き渡っていた。  そして今、その真下の階で、殺意を必死に押さえつけて聞いている男がいた。 「……バカはお前だ、徳男。なあ、母さん。明日やるぞ、覚悟は良いな」  徳男の父、安納博司は夕食を終え、晩酌のグラスをガンと叩きつけるように置いた。 「ほ、本当にやるんですか……。お父さん。考え直すことはできませんか」  母澄子は、声を震わせながら夫の顔を覗き込んだ。 「ああ、こんな穀潰しの役立たずが、この家にいること自体が許しがたい。今更ながら、こんな風に育てた我々両親が、責任を持って『処分』せねばならん」 「え、ええ。徳ちゃんが勤めていた会社を3か月で辞めてから……もう10年ですもんね。最初は、次頑張る、きっと再就職して親孝行するなんて言ってたけど……」  澄子は「ハァ」と溜息をついた。 「ああ。わしも、母さんも騙された。何が次は一部上場企業に就職するだぁ? 勉強して法科大学院に入って弁護士目指すだと? それが無理なら、エジソンやテスラの様な偉大な発明家になるだと?」  徳男は、自分の高校時代の成績も無視して、高望みをするばかりだった。  それを、父博司は度々注意したのだが、徳男は「若者の希望を潰す気か!」「あー、オヤジのせいでやる気なくした!」と言って、決して取り合おうとしなかった。 「あの穀潰し、妄想と虚言癖が酷いわ。バイトすら続かぬ人間が、上場企業だの弁護士など。挙句、小卒で発明王になったエジソンとか、ホテルで孤独死したテスラみたいな、世界を変える発明王になるだの。腹立たしさを通り越して、呆れるどころか殺意すら覚えるわ」  博司の眼は吊り上がり、拳を握り締めてワナワナと両肩を震わせていた。 「殺意……。そんな、かわいそうなこと考えるの、やめてください。母として、それだけは、ねえ、お父さん!」  澄子は博司に縋り付いた。 「……ああ、分かっている。可愛い娘、典子のためにも、な」  
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