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第36章 煙を吸っても平気な男
徳男は、ムラの背中を追ってイヤイヤ炎の海を進んで行った。
(これ、間違いなく死ぬよな。ていうか、オレ消防士でもないのに、何でオレこんなことやってんだ? 子ども部屋に戻りてぇ……)
引き籠りニートが根城としていたのが子ども部屋である。
(いつからだろう。オレの部屋に、ママもオヤジも入らなくなったのは)
ふと、そんな思い出が脳裏をよぎった。
(これ、もしかして走馬灯ってヤツか?)
だが、そんな死の間際に見る光景とは全く違った。ただの現実逃避だと気づくのには時間は掛からない。
(いや、違う。そういや聞いたことがある。火災現場でその煙を吸ったら、熱風を飲み込むのと一緒で、喉が焼けただれて死ぬって)
ところが、煙を空気の様に吸って吐いているというのに、少しも苦しくない。
先ほどもらったマスクがフィルターになっているのか。
ふと、ムラの方を見ると、素顔のままで平然として業火の中を何もなかったかのように歩いている。
(ていうか、このムラってヤツ、消防士って言ってたけど、なんぼ何でも消防士だからと言って、この火の海の中、何でマスクもせずに何で平然としていられるんだ?)
ピタ
徳男が、そう思った時。
「……今、私がなぜ、この火の海の中で平然としていられるのかと、思ったでしょう?」
背中越しに、ムラが言い放った。
ギクッ
フリーズするとは、この事を言うのだろうか。
この灼熱地獄の中で、徳男は全身が凍る様な恐怖を覚えた。
「お、お前やっぱり、普通の人間じゃないな。そ、そういえば、ある程度近寄れば光が消えるって言ってたけど、お前が現れた時、その光が消えてたわ……」
ガクブル、という言葉が、今の徳男にはピッタリだった。
「そう、よくご存じで。あまりにも闇が光に近づくと、光は闇に打ち消されるのでね」
「や、やっぱりお前は!」
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