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第2章 大阪へ……?
翌朝。
「おいオレ、新幹線乗るのイヤだからな」
徳男を起こしに来た母澄子に、徳男はドア越しに駄々をこねた。
「え? じゃあ、どうするのよ」
「オヤジに運転させればいいじゃん。どうせ今日から無職なんだろ?」
博司が昨日で退職し、今日からは年金生活が始まる事を、徳男は知っていた。
母は目を伏せ、悲しげな顔をした。
「徳ちゃん、そんな風に言わないで。お父さんはずっと、頑張って私たち家族を支えて来たんだから」
「は? 親が子どもの面倒見るのは当然だろ? 勝手に生んどいて」
徳男は、高校卒業して2浪の上、3流私大に進学。辛うじて、ブラック企業に就職した者の、挫折して「退職代行」を使ってバックレ。その後、「人生の休息」と称して、ずっと2階の子ども部屋で過ごしている。
いわゆる「子供部屋おじさん」である。引き籠りニート「ヒキニート」とも言う。
そして、年を重ねれば重ねるほど、自分勝手な理論武装をして両親を困らせるようになっていた。
その常套句が、「勝手に生んどいて」「親が子どもの面倒を見るのは当然」「オレが働かないのは社会が悪い」「生まれた時代が悪かった」という、どこかで聞いたようなワガママなセリフなのだ。
「母さん、分かった。わしが運転する」
いつの間にか、父博司が上がって来て、澄子の肩を叩いた。
「なあ、徳男。お前の誕生日とわしの退職祝いも兼ねての旅行だ。お前が行きたかった大阪だ。お前が大好きな粉モンをたらふく食べ、焼肉を食べて、活力を付けてくれ。それで、再就職してくれ」
父博司の言葉には、力と決意と熱意がこもっていた。
「再就職? 断る!」
徳男は、力強く父の言葉を跳ね返した。
ピキ、ピキピキピキ
博司の殺意は、既に限界を通り越していた。
「あ、ああ。そうか。な、なぜ就職したくないんだ? 昔から、働かざる者食うべからずと言うだろう?」
父は、常識というか世間一般の当り前のセリフで説得しようとした。
「は? 何言ってんの? オレ、世界最強なんだぜ? 無敵の人なんだぜ?」
徳男が格闘ゲームにはまっていることは、両親ともに知っている。しかし、世界最強だの、無敵だのは全く知らない。
「……世界最強が、部屋の中から一歩も出ずに成し遂げられるとは思えんが。妄想だの夢の中の話を、している余裕はないぞ」
この言葉に、謎のプライドを抱えている徳男はキレた。
「るせーぞ、クソジジイ! ゆとり教育で緩い教育して軟弱に育てておきながら、社会に放り出したくせに? 挙句、パワハラ受けたらヤメロとか言われて育ってんだけど? オレ、何か悪いことした? つーか、オレのコト何も知らねーくせに、偉そうなこと言うんじゃねえ!」
ドア越しに、徳男は吠えまくった。
それの罵声は、父博司の怒りの炎に油を注ぐには十分だった。
「くっ、このっ。クソがっ!」
博司が顔を真っ赤にしているのを見て、母が首を横に振った。
(お父さん、押さえて、こらえて!)
父は、横目で分かった合図した。
「い、いや。何も悪いことはしていない。お前の、言う、通りだ」
辛うじて、そう答えた。
「だろ? だから働く必要ないんだよね。ていうか、社会が悪いじゃん。それにさ、生まれたタイミングも悪いんだよね~」
完全に社会を舐め切った発言を、その後も徳男は連発した。
「そ、そうだな。まあ、分かった。今回の旅行は、わしの退職祝いだ。だから、大阪にしかない松阪牛の高級焼肉店に行きたいんだ。それに、たまにはお前も外出した方が、気分転換にもなるだろう」
事を成し遂げるには、小事には目をつぶるべきである。
「松阪牛……。高級焼肉ねぇ。悪くないな。分かった。準備するから10分待っててくれ」
ドア越しに、徳男の声が聞こえてきた。
(ふん、何が悪くないだ。社会が悪いだの、親が悪い、生まれた時代が悪いだの。そういう状況でも、一生懸命働いている同世代は、腐るほどいるわ!)
博司は、苦虫を嚙み潰したほどの苦々しい顔をして、憎しみに満ちた視線を、ドアを越えて存在しているであろう徳男の背中に送り付けた。
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