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第2章 その②
そして、30分後。
「おい、いつまで待たせるんだ」
「あー、先に乗っててくれ。誰を連れて行くか、イマイチ決まらなくて」
「連れて行く? お前、誰か中にいるのか?」
父がそう問うと、母が博司の肩を掴んで首を振った。
(人形のことよ、アニメの)
耳元でささやいた。
(はあ? あいつは頭おかしいのか?)
父博司は眉をひそめ、口を尖らせた。
(……お父さんは知らないのね)
両親二人が、ゴソゴソと徳男のことを詮索していると、急にドアがバッと開いた。
「準備OK、待たせたな!」
チッ
博司は、聞こえぬように舌打をした。
「あ、ああ。じゃあ、行こうか」
博司は、長そでのワイシャツにスラックス。澄子は、紺のカーデガンにベージュのパンツ。
一方の徳男は。
長年、陽に当たらなかったためか、肌は不健康に真っ白。髪は伸び放題で、無精ひげが気持ち悪い。日光に弱いため、薄く色のついたサングラスが気持ち悪い。運動不足の為にブヨブヨと太っているが、体重を計るという事を嫌がって、その重量は不明のままだ。
上着は、高校生の時の外出着を無理やりきたせいか、パツパツ。ズボンは、どれだけ太ってもいいようにダブダブなのだが、ギリギリ入っているという有様。お決まりの様に、サスペンダーで吊り上げている。
そして、腕には謎の革製の黒い拳サポ。恐らく、「ストリート伝説」の愛用キャラ「シリュウ」が拳に嵌めている拳サポのレプリカだろう。
そして、腕にはお気に入りの「初音ミク☆社会人デビュー」のフィギュアを抱えている。
徳男が登場した時、完全にその場の空気が変わった。
(くさっ)
博司は、思わず顔をしかめた。
ツーンと鼻腔を突き刺す様な、ドブにつけたまま生乾きにしたパンツのような据えたニオイが、開門と共に無作法に解き放たれたのだ。
「あ? 何だオヤジ。オレが臭いってのか?」
徳男が巨体を揺らしながら、博司の顔をのぞきこんだ。
「あ、ああ。少しな。風呂に入ってないのか」
徳男はあからさまに、聞こえるように「チッ」と舌打をして、
「外出してねーんだから、風呂なんか入る必要ねえだろ? なあ、母さん」
そう言って、母に同意を求めた。
母は、苦笑いしながら、「そうね」と小さく言った。
父博司は、澄子の方を見て、我慢をこらえるため奥歯を噛み締めた。
(廃棄物ではなく、汚物ではないか……。こいつがこんな風になったのは、澄子が甘やかしたことも原因の一つだ。この愚妻が……)
博司は、自分が育児を放棄していたことも棚に上げていることは十分自覚しているつもりだった。
(因果応報とは、この事か)
それゆえに、この様な「クリーチャー」に変化して、自分たちを不幸に陥れていることも、痛いほど分かっているつもりだった。
「分かった。もう10時過ぎだ。大阪に着く前に、陽が暮れてしまう。早く乗ってくれ」
「アイアイサ~!」
なんだその相槌はと、心の中で煮えたぎる怒りを抑えて、博司は玄関前に停めてあったアルファードの運転席に乗り込んだ。
助手席には、澄子。
「どっこいしょっと。あー、後部座席は割と広いね。ま、安全運転よろしく頼むわ」
イラッ。イライライラ。
ハンドルを握る博司のこめかみに、血管が強く強く、はち切れんばかりにこれでもかと浮き出た。
(お、お父さん、辛抱して)
澄子は、シートベルトを締める手を止めて、ハンドル上の夫の手を取って小声で注意を促した。
(あ、ああ。分かってる。この汚物と付き合うのも、今日が最後だからな)
(うん、私も覚悟を決めたわ)
ドカッ
ドライバー博司の背中に、鈍い衝撃が走った。
「おい、何コソコソしゃべってんだよ。早く行けよ」
二人が密談をしていると、背後から徳男が蹴りを入れてきたのだ。
(チイィ、このガキャ。今すぐ地獄に送ってやりたいわ)
博司は、震える手と足を必死で抑えながら、エンジンを掛けた。
(クズが……。粋がるのも今のうちだ!)
3人を乗せた車は、ゆっくりと発車した。
そして、一路、中央自動車道から西へ向かった。
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