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第3章 その②
「おい、徳男、起きろ。休憩だ」
徳男は、落ち着いたせいか、うとうととしていた。
締まりのない口から、黄色い液体が垂れていた。
「あ、ああ。飯か。久々の外だから、うまいもん食べたいな」
相変わらずの減らず口を叩く徳男だったが、博司はもはや覚悟を決めたのか、「早くしろ」とばかりに、事務的にさっさと徳男に降りるよう促した。
「うるせーな。言われなくても降りるっつーの。その前にトイレな」
その巨体を揺らしながら、徳男はトイレへと向かって行った。
「母さん、今までのところは予定通りだ。万事、抜かりなくな」
「は、はい」
二人は、人がひっきりなしに行き交うサービスエリア内へと足を運んだ。
「談合坂、か。我ら両親が談合の上、あいつを葬り去るのに打って付けの場所だな」
「お、お父さん。葬り去るだなんて、酷いこと言わないで」
「あ、ああ。ついな。しかし、徳男が再スタートを切れるのか。かなり厳しい施設と聞いているがな」
「そうなんですね……。お父さんに任せきりで、私は」
話しながら、二人は「甲州食堂」というところに陣取った。
「さて、早く注文しないと、あいつが来てしまう」
二人は、三人分の昼食「甲州ソースカツ定食」を頼んだ。
すると、大きな人影が近寄ってきた。
「ここか、どこ行ってんだよ全く。ちゃんと行く場所言っとけよ。それから、オレの希望聞かずに注文するとかあり得ねえからな」
徳男は母親の顔を除き込んで凄んだ。
母親は、泣きそうな顔で肩をすくめた。
「ご、ごめんなさい。でも、徳ちゃんの好物がソースカツだって知ってたから」
澄子は、おどおどしながら徳男に答えた。
「おい、言い過ぎだぞ。母さんが可愛そうだろ」
「ちっ。うるせぇな」
目の前に、推定体重120キロの巨漢が、二人分の席を分捕って座った。
(存在だけでも暑苦しいヤツ)
博司は苦々しく思った。
ほどなく。
料理が運ばれてきた。
「おう、まあまあ美味そうじゃないか。いただき……」
「おい、徳男。水持ってきてくれ」
不意に、父が徳男に命じた。
「あ? オヤジ、オレが太ってんの分かってんのか? 水ぐらい自分で……」
「良いから、持ってこい!」
思いがけなかった。博司の怒号が、店内に響き渡った。
「ちょ、お父さん。大きな声やめて」
思わぬ叱責と、予想だにせぬ父の形相に、徳男は気押されたのか。
「うるせーな、大声出すなよ。迷惑だろうが」
渋々、巨体を動かして水を取りに行った。
「……迷惑なのは、お前の存在だ」
そう呟きながら、博司は徳男のソースカツの付属味噌汁に、白い粉を入れ込んだ。
さらに、プラスのソースの中にもその粉を入れ、箸で慌ててかき混ぜて、その痕跡を消した。
ガン、ガン
「ほらよ。水持ってきてやったぞ。あー、腹減った」
ガツガツ、ガツガツガツ
その光景は、飢えたハイエナが死肉を貪る様であった。
我が子の、その汚い食べっぷりに、博司は心底吐き気を覚えた。
(こいつに、わしの遺伝子が入っているというのか……。武士の末裔である誇り高き我が安納一族に、この様な下品な遺伝子があったとでも言うのか)
吐き気を通り越して、怒りが湧き上がってきた。
「どうした、お前らもさっさと食べろよ」
口元に米粒をべとっと付けたまま、徳男は二人にそう吐き捨てた。
チッ
何度目の舌打ちだろうか。
博司は、必死にこらえながら箸を取った。
「あ、ああ。そうだな。頂くとするか」
両親二人はお互いを見合って、付け合わせのキャベツを食べ始めた。
だが、食べながらも博司は、徳男が食べる様子から眼を離さなかった。
ズ、ズズズ……
徳男が汚く味噌汁をすすった。
太っているという理由だけではないが、徳男は必ず食事を残さず、全て平らげる。
食べ方は、非常に汚いが、残さず食べる事だけは、徳男の自慢だった。
その最後の食事の姿を、博司は注意深く監視している。
(よし、味噌汁はOK。後は、追加のソースだ)
肥満体形の人間は、必ずと言っていいほど濃い味を好み、出されたものは残さず食べるという習性があるようだ。
「このソース、うんめえなあ。追加、追加っと」
徳男は、ご飯の上にソースカツを乗せて、その上から追加ソースをぶっ掛けた。
(よしっ)
博司が、心の中でガッツポーズを取った事は言うまでもない。
「さ、予定よりだいぶ時間が押している。早く出発するぞ」
なぜか、博司は食べ終わっていないのに、出発を促した。
「お、おいオヤジ。まだオレ食べ終わってねえんだけどよ。どういうことだよ」
徳男は、目を吊り上げた博司を睨み付けた。
だが、覚悟を決めた博司はひるまない。
「今、何時だと思ってるんだ? このままだと、大阪の鶴橋に予約してある高級焼肉店が無駄になる」
高級焼肉店―。
何という甘美な響きだろうか。
その言葉だけで、徳男は箸を止めた。
そして、その脂肪にまみれて、無精ひげを蓄えた汚い両頬を吊り上げた。
「何だよ、そう言う事は早く言えよ」
さっきまでの不機嫌が、一気に吹っ飛んでニコニコ顔となった。
「え、ええ。徳ちゃん、今お腹いっぱいになったら、夕ご飯食べられなくなっちゃうわよ」
母は、精いっぱい取り繕ってなだめた。
「そ、そうだな。たまにはオヤジも良いこと言うじゃんか」
徳男はきたなく汚れた口元を雑に拭いて立ち上がった。
博司は、そそくさと会計を済ませて、徳男の背中を押すようにアルファードに押し込んだ。
「さ、急ぐぞ。日が暮れちまう」
既に13時を回っている。
3人は、西へと急いだ。
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