壱 弱者の挑戦

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「あ、あり得ません! そう言った触れ合いは、婚姻した後に…」  フィオナはエドモンドの悍ましさに鳥肌を立てながら強く否定した。今日(こんにち)、婚約していなくても恋人同士ならキスは当たり前のようにするものだが、フィオナはエドモンドとだけは手すらも繋ぎたくないと思うほど拒否感が心の中を埋め尽くしていた。  エドモンドは舌打ちすると、キスは諦めてフィオナをベッドの奥に突き飛ばすように押す。 「あぅ…!?」  フィオナが小さく呻き声をあげて倒れ込むと、そこにエドモンドが馬乗りになるように覆い被さってきた。 「や、やめっ!?」  身の危険を感じ、フィオナは叫びながら両手足を振り回して暴れた。しかし、エドモンドの男性の力には敵わず、フィオナは無力だった。 (魔法…私だって、魔法を…!)  先ほどフィオナはエドモンドに魔法をぶつけられたのだ。ローリー伯爵の怒りを買おうが、自分の身を守るためにフィオナは魔法を発動させるために魔力を集めていく。  バチバチとフィオナの周りに魔力が凝縮されて、まるで静電気が弾けるような音が聞こえ始めた時、エドモンドは予想の範疇内といった表情で笑い、押さえ付けていたフィオナの細腕に何やら見慣れないデザインの腕輪を嵌めたのだった。  するとどうだ。自分の魔力は霧散して発動しようにも魔法はうんともすんとも言わない。すぐにこの腕輪が魔封じの腕輪なのだとフィオナは理解した。 「抵抗すればする程、自分の首を絞めることになるぞ…?」  エドモンドがフィオナの顔を覗き込んできた。  はっ、はっ、と浅い呼吸を何度もしながら目の前のエドモンドを瞳孔を左右に揺らして見つめるフィオナ。またポロポロと涙が出てきた。 「…あぁ〜、可哀想に」  エドモンドは可笑しそうに笑って、フィオナの流れる涙を舐めとった。 「ひっ!?」  自分の無力さを悟り、抵抗する力は弱まったがフィオナはエドモンドの動き一つひとつに怯えた。  エドモンドからするとそれが愉快でたまらなく気分が良くなる。フィオナの首筋に口付けると、彼女の身体は緊張で強張った。 「た、たすけ…」  フィオナの消え入りそうなか細い声がエドモンドの耳に届いた時。トントン、と規則的なノックの音が部屋に響いた。  エドモンドが不機嫌な顔でフィオナから顔を上げて返答すると、ノックの主はカサンドラだった。 「エドモンド伯爵令息様、傷物の娘を嫁に出したとあっては我が家の醜聞となります。それだけはお控え下さい」  扉の向こうからカサンドラの落ち着いた冷徹そうな声が聞こえる。興が削がれたエドモンドは再び舌打ちをすると、フィオナの上からどいてそのまま部屋から出て行った。  すれ違うエドモンドの背中を見送ってから、カサンドラは部屋の中にいるボロボロな姿のフィオナを改めて見た。 「…あれで伯爵令息だなんて…まるで獣ね」  軽蔑する表情を浮かべながらそうエドモンドの事を吐き捨てて、カサンドラはその場から去っていく。  フィオナは呆然と、やがて誰も居なくなった扉の向こうを見つめ続けていた。 (…私…このままでいいの…?)
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