壱 弱者の挑戦

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 *  その後、エドモンドがアンダーソン男爵家から去り、カサンドラやジュリアンナが寝静まった夜、フィオナは恐怖から眠れない夜を過ごしていた。  今日はカサンドラのおかげで難を逃れたが、今後どうなるか分からない。エドモンドと結婚した未来なんて…。 「……地獄だ…」  フィオナは震える声で呟いた。  思い出されるのはつい先ほどのこと。顔を這う生温かい舌、強い力、組み敷かれる身体…自分の無力さ…。  あの後、再びエドモンドがカサンドラと共にやって来て冗談だとヘラヘラ笑いながら魔封じの腕輪を外してくれたが…フィオナが手首を摩っていると恐怖が込みあがり、ドクンドクンと心臓が嫌な鼓動の打ち方をしている。 「…うっ…!」  吐き気がした。フィオナは初めてカサンドラを恨んだ。自分が一体何をしたのかと感情のままに問い詰めてやりたい。けれど、この婚姻はすでに決まっていることのようで今更フィオナが騒いだところで立場を悪くするだけだ。 (考えろ…考えろ…!)  フィオナは怯えながら必死に思考を巡らせた。この結婚をどうにか白紙に出来ないか…自分が男爵位を継ぐ事が出来れば、白紙に戻す名分も立つのに、と。  フィオナはギュッと固く目を瞑って考えた。あまりの悲しみに、目尻から涙がひと粒落ちた時…。 「………あ…」  フィオナは、今日トニーの所で見た皇宮からの公文書を思い出す。 「…皇子殿下の…専属騎士選抜試験…」  その瞬間、フィオナの頭には幼き日に過ごした父ジェイラスとの思い出が思い出されていた。 『騎士たる者、たった一人の偉大なる主人に巡り合い仕えることこそが本分だ。覚えておきなさい』  無口だが穏やかで温かな父だったが、その言葉を教えてくれた時だけジェイラスは厳格な騎士の表情をしていた。 『お父さんは偉大なる主人に出会ったの?』  幼いフィオナがそう尋ねると、ジェイラスはふっと柔らかな笑顔を浮かべて答えた。 『あぁ…出会ったよ』 『だぁれ?』  フィオナは目を輝かせて更に尋ねた。 『それはな、お前のママだよ』  ジェイラスはフィオナを愛おしそうに見つめて頭を撫でながらそう言ったのだった。  フィオナの父との大切な思い出だ。フィオナは何かに耐えるようにグッと唇を噛み締めてから、ゆっくりと上体を起こす。 「……お父さん…」  自分が男爵位を継ぎたいのも、ジェイラスの死後も剣の鍛錬を積んでいるのも…全ては父のその言葉から始まっている気がするとフィオナは思った。 「…私、自分の人生を取り戻したい…!」  弱者のままでは自分の望みは何ひとつ叶わないことをフィオナは理解したのだ。  カサンドラからアンダーソン男爵家を取り戻し、そして男爵として帝国に仕える。それを叶えるために、フィオナがやるべき事。  フィオナは、これからの自分の人生全てを賭けることを決意した。
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