壱 弱者の挑戦

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 *  真夜中、玄関扉を激しく叩く来訪者にトニーは怒りを覚えていた。始めこそこんな常識知らずな奴なんか無視していたが、こうしつこく叩かれると眠れない。幸い、妻と息子はまだ起きてきていないから今のうちに怒鳴って追い払ってやろうと、玄関まで向かった。 「おいっ! 今、何時だと思っ…」 「トニーさん!!」  勢いよく扉を開けた先には、何故かフィオナの姿がありトニーは困惑した。 「フィオナ?」  先程までの怒りはなりを潜め、トニーはとりあえずフィオナに中へ入るよう促した。 「こんな時間に一体どうしたんだ?」  フィオナの姿を見ると、今から剣術の鍛錬でも始めそうなシャツとパンツ姿で、手には小さなキャリーバッグを抱えている。そして腰には模擬剣をぶら下げていた。 「今日の昼間に見た…皇子殿下の選抜試験の紙をもう一度見せて欲しいの」 「なんだと…?」  トニーはリビングに備わったランプを灯しながら訝しげにフィオナを見た。 「私、あの試験を受験する…!」 「なんだと!?」  次はまるで怒鳴るようにトニーは言った。 「…もう決めたから。私は絶対に受験するから!」  いつもは素直なフィオナが譲らない態度でトニーを見つめた。そんな彼女を見てトニーも落ち着きを取り戻し、改めてフィオナに尋ねる。 「フィオナ、何があった?」  強く自分を見つめてくる緑色の眼差しだが、その奥は不安で揺れていることにトニーは気付いていた。  すると途端に、その緑の目から涙が溢れ落ち、トニーに父性を感じていたフィオナは自分の身に起こったこと全てを伝えたのだった。 「なんて奴らだ!!」  話を聞き終えたトニーは木製のテーブルを叩き付けて怒鳴った。 「俺たち領民は、将来フィオナが男爵を継ぐと信じていたから何も言わずに黙って我慢していたんだ! それをっ…!」  あまりの怒りと悔しさにトミーの顔が真っ赤になっている。 「っ、ジェイラス…お前、なんでフィオナを置いて先にいっちまうんだよ…!」  そして目尻に涙を溜めていた。 「魔獣から受けた傷くらい…気合いで治せよな!!」  ジェイラスの死に際に対面していたトニーは、そう出来ないくらいの瀕死の傷だったことくらいわかっている。けれど今のフィオナの現状を聞き、どうしようもなくやり切れなくて八つ当たりしてしまった。  トニーは顔を上げて、目の前のフィオナをギュッと優しく抱きしめた。フィオナもトニーの大きな背に手を回し、泣き声をあげながら抱き締め返す。  トニーにとってフィオナは親友の娘だが、もう自分の娘と同義の感情を抱いていた。 (この子がなぜこんなに苦しまなくてはならないんだ…)  どうして自分は貴族でなく平民なのだと、フィオナを守ってやる力がない自分を呪うトニーだった。
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