壱 弱者の挑戦

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「…親父、フィオナ」  抱き締め合いながら涙を溢す二人に声が掛けられた。 「リオン?」  フィオナが涙に濡れた顔を上げると、やはり声の主はトニーの息子リオンだった。 「リオン…お前、起きてたのか…」  トニーが戸惑いながら言うと「何より親父の怒鳴り声が煩くて目が覚めたよ」と揶揄う口調で笑って答えた。 「フィオナ、これ…」  リオンが皇宮から届いた公文書をフィオナに渡す。 「そして、これ。あとこれも…俺のお下がりだけど、これに着替えて」  渡されたのは公文書だけでなく、リオンが昔着用していた丈夫な素材の衣服や胸当て、そして靴だった。 「リ、リオン…?」  ポカンとした表情で、リオンからただただ受け取っていたフィオナが目の前の彼を見上げる。 「フィオナ、行ってこい!」  リオンは力強く頷いて、フィオナの華奢な両肩を掴む。 「シャルル殿下の側近になれ! そして、立場を固めてから誰もが認めるアンダーソン男爵になるんだ!」  リオンの表情は力強いものだったが、その目には薄らと涙が浮かんでいた。 「そしてここに戻ってこい! それまでは俺たち領民がアンダーソン男爵家やこの領地を守ってみせるから!」  フィオナはただ目の前のリオンを呆然と見上げて、そしてその隣で優しく微笑みながら頷くトニーを視界に捉えるとまた涙が出て来てしまった。 「うん…うん! 絶対に、誰もが認めるアンダーソン男爵に…っ」  フィオナがカサンドラの元を離れて家を出るということは、保護者の庇護の元デビュタントに参加することはもう絶望的だった。  貴族が爵位を継ぐ場合、必ずデビュタントを終わらせておかなければならない。何故ならデビュタントとは、皇帝に貴族として認められる儀式でもあり、皇帝に認められていない者は正当な血筋であっても爵位を受け継ぐ資格がないと見做されるのだ。  だからフィオナは今から、何の人脈も持ち合わせていない社交界で自身の力を示し、後見人となってくれる貴族を探さなければならない。カサンドラがフィオナを学院に通わせなかったのも、人脈を築き万が一後見人が現れたら困るからだった。  何の得もない弱小貴族の令嬢で、さらに年端もいかない少女のフィオナのこの挑戦を、大勢の者が無謀だと笑うだろう。  だからこそフィオナには、シャルル皇子殿下の側近になる道しかない。何も持っていないフィオナのたったひとつだけの大きな『得』になる武器となり得る筈だから。  それにもし皇子殿下の庇護下に入ることが出来れば、カサンドラはもちろんエドモンドもフィオナに手出しが出来なくなる。  フィオナはいい加減、涙を拭ってリオンを再び見上げてニカッと笑った。
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