弍 帝都入場

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「…いらっしゃい」  店の中は外と違いとても静かで薄暗く少し妖しい雰囲気の店内だった。店の外にいる男の様子から想像していた店内の雰囲気と違いフィオナは足を竦ませる。 「また珍しい客が来たな。男装した女の子だなんて」  そして、店の奥に居た男がゆっくりと近付いてきて姿を現した。フィオナは彼を見上げて驚愕する。  咥えた煙草(シガー)から出る煙に巻かれる男は首から肩にかけて刺青に埋め尽くされていた。見れば剥き出しの両腕も胸元も足首にだって至る所に刺青が…服の隙間から見える模様にフィオナは驚きで言葉を失う。  更には両耳に幾つものピアスがぶら下がっていて、肩まで伸びた黒髪を無造作に後ろでハーフアップしている。どう見ても一般人とは逸脱したアウトローな雰囲気と風貌なのだ。裏社会の住人だろうか…などと考えてしまい、緊張した面持ちでただ目の前の刺青男を見上げるしかなかった。 「ん? お前…」  刺青男がフィオナの顔を見て眉を顰めると腰を折りグッと顔を近付けてきた。 「もしかして……」  そして睨み付けるように眉頭を寄せて、フィオナの顔を覗き込んでくる。フィオナは嗅ぎ慣れない煙草の煙に顔を歪めながら、逃げたい気持ちで背をのけ反らせていた。 「…いや、あり得ないか。悪いな、じろじろと見ちまって」  男はそう言うと、自身の考えを振り払うかのように首を横に振り居住まいを正す。 「改めて、いらっしゃい。俺が集めた魔道具は一級品のものばかりだ。遠慮なく見て行ってくれ」  先ほどの怖い様子よりも柔らかくなった雰囲気で男は笑ってフィオナに言った。 「わ、私…そこまでの持ち合わせはなくて…店の外の人に、その…」  ビクビクしながらフィオナが答えると、男はフィオナの状況を察したのか店の外に目を向けて険しい顔をする。 「あいつ、また適当な客引きしやがって…」  と、店の出入り口を睨み付けるので、横で見上げていたフィオナはこの刺青男のことが恐ろしくて仕方なかった。 「ん、なんだ? 俺が怖いのか?」  そんなフィオナの様子に気付き、男は気にした様子もなくニカッと笑いかけてきた。 「この刺青が珍しいんだな…さてはお前、田舎者だな?」  そして怯えた様子のフィオナの心情を予想して、男は今度は揶揄うように笑った。 「俺は彫師(ほりし)なんだ。この帝国ではまぁ有名な彫師だぜ、レイ・ゼウンだ。聞いたことないか?」  レイ・ゼウン…フィオナの知らない名前に彼女は素直に首を横に振る。 「はっはっは! お前さん、ど田舎出身だな?」  レイは可笑しそうに笑い声をあげると、改めてフィオナを見た。 「彫師は魔術を以て模様を刻み、刻んだものに新しい力を与える仕事だ」  フィオナも彫師の仕事内容は知っているので、レイの言葉に頷いた。  魔術師から派生して出来た彫師という仕事は、魔道具や剣、防具など無機質な物質に刻印し、加護という形で力を与えることだ。  壊れにくい、丈夫になる、切れ味がよくなる、火炎耐性があがる…など、本来の力を補助するもの。  彫師の素質として大事なのな、魔力量によって実力が左右される魔術師とは違い、魔力を操作する力だ。
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